備忘録4

台湾の歓び

台湾の歓び

 

 九州よりも小さな島のなかに、少なくとも十七の言語が犇めきあい絡まりあっているのだ。単一言語幻想を純粋に信奉してきた日本人や韓国人には想像もできない複雑な言語環境を、彼らは日常的に生きている。どの言語を選んで話すかは、当人の出自と歴史、イデオロギーによるものだが、ときに彼らは複数の言語をジャグリングのように扱い、遊戯的に使いこなす。(四方田犬彦『台湾の歓び』岩波書店、2005年、p.6)

 

嘘つきアーニャの真っ赤な真実 (角川文庫)

嘘つきアーニャの真っ赤な真実 (角川文庫)

 

 毎日、ソ連人の子どもたちと机を並べて学んでいた私は、ソ連共産党機関紙『プラウダ』と日本から半月遅れで届く日本共産党機関紙『アカハタ』とを目を皿にして読み較べた。お互いを罵り合う、その憎悪の激しさにショックを受けた。

一三歳の少女の目から見ても奇妙に映ったのは、双方、相手の書簡や論文を掲載せずに、つまり読者の目からは隠したまま、その内容を口を極めて非難していることだった。そんなに、ひどい内容ならば、公開して読者の判断に委ねたらよいのに、と思えて仕方なかった。また、マルクスエンゲルス、レーニンの文献からの引用がむやみやたらに多いのも異様だった。双方、自己の正しさを主張するのに、自分の都合の良い部分を引いてきては得意になっているのだが、今の現実に照らしてどうか、ということのほうがはるかに重要なのではないか。なぜ、差別無き平等な理想社会を目指して闘う仲間同士のはずなのに、意見が異なるだけで、口汚く罵り合い、お互いが敵になってしまうのか。それが、どうしても理解できなくて絶望的に悲しかった。(米原万里嘘つきアーニャの真っ赤な真実角川学芸出版、2004年、p.212)

 

「頭髪を出したまま、モスクに入ってはまずいわね。何かかぶり物で覆わなくては」

「いいよ、そんなことしなくたって」

少年はニコッと歯を見せて微笑んだ。

「アラーの神を信じているなら、別だけど」

「寛容なのね」

「異教徒に対して寛容にならなくちゃいけないんだ。それが一番大切なことなんだ」(米原万里嘘つきアーニャの真っ赤な真実角川学芸出版、2004年、p.261)

 

教養としての社会保障

教養としての社会保障

 

 働くか働かないか、結婚するかしないか、子どもを産むか産まないかは究極の個人の選択、「私の人生」の問題です。私が私の人生をどう生きて行くかという問題です。人々は「あなたの都合」ではなく「私の都合」選択します。つまり、マクロの視点で女性の就労率を上げようとしても、女性一人ひとり、つまりミクロの世界で働くことが選択されない限り、マクロの就労率も上がりません。さらに言えば、女性一人ひとりが、自らの選択で働き、同時に結婚し子育てもするという選択をしなければ、出生率が上がることもありません。

申し上げたように、そもそも、「少子化対策」という言葉自体が、マクロの発想の上から目線の言葉に聞こえます。(中略)

「あなたの人生選択を保障します」「仕事も、家庭生活も、子育ても、あなたの人生を全力で支援します」というメッセージがなければ共感は得られない。少子化対策ではなく、家族政策であり、子ども政策でなければ、女性の就労率の上昇も、出生率の上昇も望めないと思います。(香取照幸『教養としての社会保障東洋経済新報社、2017年、pp.257-258)

 

 考えてみると、「言葉」も先人のお下がりのようなものかもしれない。単語レベルから箴言に至るまで、人の口から発せられた、あるいは思惟の中でたゆたってきた言葉たちは、意味とともに、意味以上の広がりをもつことがある。(永田紅「言葉の断捨離?」『ベスト・エッセイ2016』光村図書出版、2016年、p.247)

 

読んで、驚き、言葉がなかった。

それは、私が心の底に沈めた本音を、思いがけず言い当てられたように思ったからだ。コメディ調にしなければ書けなかった後ろめたさや責任、恐怖。そういったものを、少ない文章からこの方が読み取り、そして手紙をくださったことに胸が熱くなった。(辻村深月「作家になって十年」『ベスト・エッセイ2016』光村図書出版、2016年、p.260)

 

「来週が彼女の誕生日なんです。そしてね、私の誕生日がその二ヵ月後なんだけれどね、すごく嬉しいのは、その二ヵ月だけ、私たちは同じ歳なんですよ。だから来週からは、私たちは同じ八十二歳。いつもそのあいだが嬉しくてねえ」(よしもとばなな「幸せを創る」『ベスト・エッセイ2016』光村図書出版、2016年、p.350)

 

戸越銀座でつかまえて (朝日文庫)

戸越銀座でつかまえて (朝日文庫)

 

 母は、赤飯を炊いて私の帰りを待っていた。

「お赤飯なんて、やめてよ。めでたいことじゃないんだから」

私はたまらず言った。

一度実家を出た人間にとって、どんな理由があるにせよ、故郷へ戻るのは敗北である。できれば何事もなかったように、さらりと帰りたかった。

「まあ、いいじゃないの。そう滅多にあることじゃないし」

二人の姉が結婚して家を離れてから二人暮らしをしてきた両親にとって、理由は何であれ、娘が戻ってくるのはそれほど嬉しいことなのか。互いの温度差にせつなくなった。

両親には、実家へ戻った理由を詳しく話してはいない。私はいつもそうだ。何かを決めたらその結果だけを伝え、理由は説明しない。そして彼らも質問はしない。

母がわざわざ炊いてくれた赤飯から、いつの間にか湯気が消えていた。

「あったかいうちに食べなさいよ」

母に促されて口に放りこむ。

久しぶりにまともなものを食べたという実感が口いっぱいに広がった。

その瞬間、母はすべてわかった上で何も尋ねないのだろう、と直感した。

あれだけ家を出たがり、若い頃は日本という国まで出たがった人間が、何の理由もなく戻ってくるわけがない。

これは、娘が戻ってきたことを喜ぶ、自分たちのための赤飯ではない。

「なんだか知らないけど、とにかく生きるために食べなさい」

母なりの、無言の応援の赤飯なのだろう。(星野博美『戸越銀座でつかまえて』朝日新聞出版、2017年、pp.12-13)