月刊根本宗子『スーパーストライク』

www.youtube.comこの動画のファーストサマーウイカさんがすごく好きで、前回公演の『夢と希望の先』の頃とか再生してはボロボロ泣いてしまっていた気がする。

今回の公演にファーストサマーウイカさんがキャスティングされて、もうホントすごく楽しみで、実際観に行けてとても嬉しかった。

 

『もっと超越したところへ。』『夢と希望の先』『スーパーストライク』は、三連作的な位置づけなんだろうか。生きる糧としての他者、みたいなテーマを『もっと超越したところへ。』に感じて以来、私は根本さんの作品に似たようなテーマを見出してしまいがちなのかもしれない。今回の『スーパーストライク』も同じ系譜の物語のように感じた。

『夢と希望の先』を観た時、自分の個人的な思い出ごと感情を根こそぎ揺さぶられた思いだった。作品の持つ力に私は本当に圧倒されていた。

たぶんその経験が忘れられなくて、自分がふだんモヤモヤしながらも言葉にできないことを掬い上げてくれることを『スーパーストライク』にも期待していたのかもしれない。だから変に答え合わせするような気持ちで観てしまっていたような、同じモノサシでテーマを測りながらの鑑賞態度であったような気がしていて、それは勿体なかったかな…と思う。結果的に自分の代弁者のように感じた『夢と希望の先』と比較すると、『スーパーストライク』は自分の代弁者として仕立て上げるために作品を観に行ってしまったような気がする、というか。

だから三連作的な位置づけ、という感想になってしまった自分に「もっと…もっとあるやろ!」となったし、自分の中での受容器が変に固定されてしまったように感じてしまってちょっと悲しかった。

『スーパーストライク』はマッチングアプリを介して出会った男女の群像劇なんだけど、アプリではないけどちょうど私も婚活的なマッチングを試している最近で、実際『スーパーストライク』を観る日の午前中にも行っていた。

婚活をしていて思うのは、なんでこんなにしんどい思いをしてまでこの先一緒に生きていく他者をまた新たに探さなくてはいけないのか、他人とイチから親しくなるのってすごく果てしないな…ということだったりする。

勝手で乱暴な切り取り方だけど、『もっと超越したところへ。』が「それでも他者(異性)と生きていく」物語で、『夢と希望の先』が「同性だろうと異性だろうと、他者とわかり合うことは難しい。結局自分のことは自分が考えて支えていかなくてはいけない」という物語だとすれば、『スーパーストライク』は「それでも他者(異性)とわかり合うことを諦めないで生きていく」物語なのかもしれない。

『もっと超越したところへ。』と『夢と希望の先』がどこかで他者を諦める物語だとすれば、『スーパーストライク』は他者を諦めない物語というか。

個人的な話をすると、『もっと超越したところへ。』のときには私には彼氏がいて、『夢と希望の先』のときには彼氏はいないけど趣味が最高に充実していて、『スーパーストライク』のとき(現在)は現実を見なきゃというキャンペーンの一環で婚活をぼちぼち始めてもいて、なんだか変にシンクロを感じてしまったりもする。

あと『もっと超越したところへ。』→『夢と希望の先』→『スーパーストライク』と進むにつれて、演出上で歌が物語に絡む部分がどんどん大きくなってきているような? 印象。

f:id:tsubametobu:20171014231435j:plain

写真はこの前リンツカフェで食べたフォンダンショコラ。バナナのアイスクリームが載ってるんだけど、すごくおいしかった~。