備忘録3

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半休取って六本木でかき氷を食べて展示を見たときの写真。

 

転がる香港に苔は生えない (文春文庫)

転がる香港に苔は生えない (文春文庫)

 

 

どんなに愛着を抱こうと、その場所を離れなければならない時は来る。痛みを感じていないのではない。ただ、過去への執着は、未来への適応能力を鈍化させる。前へ進むことでしか痛みは癒せないことを、彼らはいやというほど体に刻みこまれてきたのだろう。(星野博美『転がる香港に苔は生えない』文藝春秋、2006年、p.89)

 

彼女はタンスの中から出てくる無数の買い置きの電球や何袋もの生理用ナプキンを、中島みゆきの歌声に合わせていい加減な日本語を叫びながら、楽しそうにバッグの中に放り投げていく。その様子に私は奇妙な感動を覚えていた。

なんでこんなに楽しそうなんだ。この部屋に対する未練とか思い出とか、そんな感傷を彼女は感じないのだろうか。

一方私は引っ越しが決まってからというもの、物を捨てるたびに心がチクリとし、人に物をあげるたびに心の中で別れをいい、街市に行けばあと何回ここで買い物をするのだろうと考えて涙ぐみ、思春期の傷つきやすい少女のように感情をフル回転させてぐったりしていた。

これが私たちに種類の人間の決定的な違いだった。過去をばっさり切り捨てて前に進む人間と、かたや過去をいちいち抱えこむ人間。移動を宿命づけられた人間と、あくまで定住が前提で移動にとまどう人間。(星野博美『転がる香港に苔は生えない』文藝春秋、2006年、p.196)

 

「きっと何かあると思う。俺がカナダで得たものも、きっとあると思う」

自分に言い聞かせるように彼は繰り返した。

「でもそれが何なのか、今の俺にはわからないんだ。時々、何もかも放りだしてどこかへ行きたくなる」

今にも泣き出しそうな阿強を前に、正直たじろいでいた。精一杯虚勢を張る彼に今まで反感ばかり抱いてきたが、いざ彼が本心を吐露し始めるとどう対応していいのかわからなかった。

「阿強はいつも努力してる。いつも勉強しようとしてる。私は感心してるよ」

彼は何も言わず、ただ私の言葉を待っていた。

「カナダで得たことが、きっといつかわかる日が来ると思うよ」

それは口先だけの慰めではないつもりだった。どんなに愚かに見えることも、自分が受け止めることができればいい経験となり、どんなに素晴らしいことも、今の自分が愚かなら無駄になる。手元に残った現在を金額で比較したいなら、彼は間違った選択をしたのかもしれない。しかし時間だけは、すべての人に等価で与えられる。その結果が出るのは、もっともっと先のことだ。(星野博美『転がる香港に苔は生えない』文藝春秋、2006年、pp.413-414)

 

言葉を育てる―米原万里対談集 (ちくま文庫)

言葉を育てる―米原万里対談集 (ちくま文庫)

 

 

みんなが緩やかに集まり、助け合うけれど、何も押し付けないし、押し付けられない。(中略)肝心なのは、いつも知的好奇心に満ちた面白がりやの集団であること。(米原万里『言葉を育てる 米原万里対談集』筑摩書房、2008年、p.364)

 

傍若無人ヒューマニスト、異文化複合のアマルガム米原万里は逝ってしまった。(米原万里『言葉を育てる 米原万里対談集』筑摩書房、2008年、p.365)

 

不実な美女か貞淑な醜女(ブス)か (新潮文庫)

不実な美女か貞淑な醜女(ブス)か (新潮文庫)

 

 

ヒトにも、モノにも、売れるか売れないかなんかに関係なく、それそのものの価値がある。いや、価値なぞ無関係に、それぞれ勝手に存在する。(米原万里『不実な美女か貞淑な醜女か』新潮社、1997年、p.11)

 

どんな醜悪な現実であれ、まっすぐ見つめよう。われわれはそこからしか出発できないのだから。これがこの映画に込めたメッセージだ。やはり次の世代に期待するしかないからね。たとえ少しずつでも、まともに働く人間が報われるメカニズムができてきたら、きっと革命は成功するよ。月並みだけど。(米原万里『不実な美女か貞淑な醜女か』新潮社、1997年、pp.115-116)

 

亡命ロシア料理

亡命ロシア料理

 

 

食欲も興味もなしに食事をするくらいなら、まったく食べない方がましだ、だって、官能的な喜びすべての中で、食べる喜びだけは悪徳となることがないのだから。そして、これは人が物心ついた時から死ぬまで楽しめるものなのだ。(ピョートル・ワイニ『亡命ロシア料理』未知谷、2014年、p.65)

 

料理と人生、つい比較してしまう。どちらにおいても「人は生きるために食べているのであって、食べるために生きているのではない」という格言は正しい。しかし、本当のことを言うと、人は美味しく食べるために生きているのだ。(ピョートル・ワイニ『亡命ロシア料理』未知谷、2014年、p.115)

 

 

無造作に表面の焦げた部分を削り落とすと、厚さにして六センチを超えるTボーンの肉を、面白いように腑分けしてゆく。しばらくして大皿いっぱいに肉が盛られた。肉は外側は完全に焦げているが、内側はまだうっすらとピンク色を湛え、その微妙な諧調が美しい。(四方田犬彦『ひと皿の記憶 食神、世界をめぐる』筑摩書房、2013年、p.255)