『経済学者 日本の再貧困地域に挑む』

経済学者 日本の最貧困地域に挑む

経済学者 日本の最貧困地域に挑む

 

 

本書のもう1つのテーマは、「人口減少社会に合わせた社会の正しい縮み方はいかにあるべきか」ということである。

高度成長期、バブル期の成功体験があまりに華々しかったためなのか、わが国のさまざまな組織や団体、地域コミュニティーが、いまだに現在の低成長、人口減少に十分適応できずにいる。ましてや今後の超人口減少社会、超少子高齢化社会に備える用意など、ほとんどできていないのが現状である。

官僚組織は相変わらず拡張型の縦割り組織のままであるし、民間の各団体も陳情型で、予算獲得の最大化をめざすばかりだ。国民、地域住民の多くも、行政からいかに分配を多くしてもらえるかが関心事であり、政治家はその意に沿って近視眼的に行動する。相も変わらず社会保障充実、社会福祉拡大の声が鳴りやまない。ますますパイが小さくなっていく時代に、「いまのようなやり方が、いつまでも続けられるわけがない」とうすうす感じつつも、誰もみずから進んでその仕組みを変えようとはしないのである。

なぜなら、既得権益が張りめぐらされたパイ拡大型の仕組みを壊し、縮みゆく時代の新しい仕組みをつくり出すことは本当につらく、たいへんなエネルギーを必要とするからである。そのため、問題はひたすらに先送りにされ、財政規模を身の丈に合わせて縮めることができず、結局、借金ばかりが積み上がる。「地獄への道は善意で舗装されている(The road to hell is paved with good intensions.)」といわれるが、現在の居心地よい仕組みが導く未来は、決して明るいものではない。(鈴木亘『経済学者 日本の再貧困地域に挑む』東洋経済新報社、2016年、pp.ⅶ-ⅷ)

 

成果が得られるかどうかは二の次でひたすら理想を主張する理念先行型運動、あるいは何はともあれ行政と闘争することが自己目的化した活動家が世に多いなかで、彼らの存在は明らかに異色である。あいりん地域の活動家のなかには、行政と協力する反失連のやり方を批判している者もいる。しかし、「目的のためには行政とすら連携する」という山田さんら労働運動家たちの現実主義、いい意味でのしたたかさが、実際には道を切り拓き、反失業運動に大きな成果をもたらしてきたのである。(鈴木亘『経済学者 日本の再貧困地域に挑む』東洋経済新報社、2016年、p.58)

 

ところが、官民によるさまざまな支援策が展開されていったにもかかわらず、2000年代に入っても、なかなかホームレス数は減少しない。

行政による対策が後手後手に回り、十分な量の施策が打ち出せていなかった背景には、ホームレス対策に関する国の法律が存在しなかったことが大きい。つまり、対策の根拠となる法律が未整備なため、国の予算づけがなく、結局、ホームレス対策の財源は各自治体の乏しい単費(国や都道府県からの補助がない市町村単独でまかなう予算)に頼らざるをえない状況だったのだ。単費で新事業をつくることは、いまも昔もハードルが高い。(鈴木亘『経済学者 日本の再貧困地域に挑む』東洋経済新報社、2016年、p.61)

 

あいりん地域の労働団体や支援団体のように「特掃はあいりん地域の反失業運動の歴史的成果であり、われわれが闘争して勝ち取ったシンボルである。そのシンボル事業を廃止・削減するとはケシカラン」などという「あいりん地域でしか通用しない言葉」で橋下市長に迫ってもまったくの無駄である。

合理主義者は、こういう情緒的な説明に対してまったくの不導体であり、熱伝導率ゼロと考えるべきだ。また、不合理な既得権に対して断固として闘う市長の性格から考えて、福祉局のように「暴動が怖いから」などという説明では、火に油を注ぐ可能性が高い。合理主義者には合理主義者がわかる言語で話さなければならない。(鈴木亘『経済学者 日本の再貧困地域に挑む』東洋経済新報社、2016年、pp.179-180)

 

ところで、経済学には「機会費用」という考え方がある。これは、何かをするために、犠牲にしなければならないものの価値(複数ある場合にはそのなかの最大の価値)を費用として捉えるというものだ。合理的な意思決定を行ううえで、基本となる考え方である。

これを特掃と生活保護の関係で説明してみよう。特掃を廃止して安上がりな清掃事業に切り替えるのであれば、たしかに事業予算自体はその分、節約できる。しかし、特掃には生活保護費の抑制という隠れた便益がある。この隠れた便益が犠牲になる分を、安上がりな清掃事業に切り替えることの費用として考えるべきだということである。(鈴木亘『経済学者 日本の再貧困地域に挑む』東洋経済新報社、2016年、pp.181-182)

 

交渉がうまくいかなくても、往生際悪く、何か次につながる跡を残すことが肝心だと思う。財政局と交渉するよりも、私と交渉するほうが高い費用(時間費用、心理的負担の費用)を感じるくらいになれば、各局の担当者の損得勘定が変わってくるはずである。もちろん、担当者には鈴木顧問の顔はもう二度とみたくないと陰で言われてしまうが、嫌われることも合理的な戦略のうちなのである。(鈴木亘『経済学者 日本の再貧困地域に挑む』東洋経済新報社、2016年、p.263)

 

経済学では、先達の犠牲のようにすでに支払われていてもはや取り戻すことができない費用を、「サンクコスト(埋没費用)」と呼ぶ。サンクコストは今後の意思決定に考慮すべきではない。ただ、リスペクトするのみである。(鈴木亘『経済学者 日本の再貧困地域に挑む』東洋経済新報社、2016年、p.346)

 

西成特区構想による改革を行っているのは、まさに、これから起きる地域経済の大衰退を食い止めるためであり、いまいる生活困窮者や地域の人々のためなのである。反対する活動家たちの主張は、放っておけばどんどん衰退していくこの地域の現実を完全に無視しており、西成特区構想に代わる「対案」をまったく示さないところに問題がある。

実際、改革を行わなければ現状を維持できるという考えは間違いである。すでに述べたように、急速な少子高齢化、人口減少、それによる公費急減に直面するこの地域は「動く歩道」を逆向きに乗っているようなものだ。何もせず止まっていれば、どんどんうしろに下がっていく。(鈴木亘『経済学者 日本の再貧困地域に挑む』東洋経済新報社、2016年、pp.350-351)

 

謝罪の言葉から始めた理由は、西成特区構想を代表する者として、日ごろから大阪市の施策はあまりにひどいと思い続けてきたことが1つだが、もう1つは、謝罪をしないことには到底これからの議論が始まらないだろうという現実的目算があったからである。まちの人々の記憶は、ローテーションでくるくる変わる役人たちの記憶よりもはるかに長い。(鈴木亘『経済学者 日本の再貧困地域に挑む』東洋経済新報社、2016年、p.389)

 

読みだしたらすんごく面白かった~。

仕事を進めていくための立ち振る舞いのひとつの優れた型を見た思いというか…。

筆者の行動原理をこうも言語化して示してくれる、それも具体的なできごとを描きながら、というのがこの本の面白いところなのかもしれない。

あまり読みつけない類の本だったけど面白いなあ。

時事とか政治に疎いのもあって「(よくわからないけど)そうなんだ」と受け止めるしかできないのはアカンなあ、と思ったので、2017年はもっと関心を持っていけたらいい。

しかし「時事と政治に関心を持つ」はホントもう何年も言いつつゼンゼンだからマジでどうにかしよう…。

 

もともと、あいりん地域のために何かしたいという思いはもっていたが、それだけでは説明がつかないほど、私はこの仕事に粉骨砕身、打ち込むことになった。本書を執筆するまで、自分でもその理由がよくわからなかったが、どうやら動かない政治、変わろうとしない行政に対する「怒り」が原動力であったことに、ようやく思い当たった。西成特区構想の改革を実際に実行してみせることは、私なりの彼らに対する「アンチテーゼ」だったのかもしれない。(鈴木亘『経済学者 日本の再貧困地域に挑む』東洋経済新報社、2016年、pp.463-464)

 

読みながら筆者とその周りのひとたちのバツグンの行動力に目を白黒させていたんだけど、引用した部分を見ながらなるほどなあ…と変に納得をしてしまった。

2016年下半期、個人的にここ数年で一番腹が立ってそれをどうにかするために行動に移す、みたいなできごとがあったんだけど、そのことを思い出したのかもしれなかった。

現状を打破する行動を起こすには「怒り」はテキメンに効果のある感情だ、っていうのは実感としてすごくわかる気がする。何か起きて悲しくなってしまうとどうしても自分が閉じる方向になってしまうから、怒って行動する、というのは一つの現状打破の方法なのかも。悲しくなっていたって誰かがわざわざ見つけて救ってくれるわけじゃないよな、って思うし。

 

余談だけど2017年の初詣のおみくじは大吉で、短い文面のなかに二度も短気を戒める文言があってなんだか面白かった。勝手に見抜かれたおもい*1

2016年の自分を振り返って確かに私は短気かもしれない…とちょっと反省したけど、怒ること自体は悪いばかりでもないよな、とも思うから我慢はほどほどに。

でも基本は穏やかな1年になりますように。

*1:おみくじ、200円で自分について話してもらってる風の気持ちになれるからコスパのよいエンタメだよな~と思う。一度占いにも行ったことがあるけど、おみくじの20倍くらいのお値段だったし対人だと高くつく…(そして個人的に満足度はおみくじとそう変わらない)。