備忘録

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魔女の1ダース―正義と常識に冷や水を浴びせる13章 (新潮文庫)

魔女の1ダース―正義と常識に冷や水を浴びせる13章 (新潮文庫)

 

 

それにしても、なぜ泣いてしまったのだろう。落ちつきを取り戻して分析してみた。

この間二年近くにわたってプロジェクトに関わり、人類を宇宙に飛ばすのに、数えきれないほど多くの人々の時間、能力、エネルギー、財貨、資源などなどが天文学的規模で費やされていくのを目の当たりにしてきた。その膨大な人知の結晶が瞬く間にゴミのような点になっていく。人間の偉大さと宇宙を前にしてのはかないほどの小ささを一瞬のうちにこれほど目に見える形で強烈に見せつけられたことはない。その衝撃もあったのは否めない。(米原万里『魔女の1ダース―正義と常識に冷や水を浴びせる13章』新潮社 、1999年、pp.238-239)

 

ところで、わたしがこんなふうに「イギリス料理がまずい」とか「オランダ人は味覚音痴だ」と決めつけた言い方をすると、料理専門家のわが妹は、ひどく怒って、わたしをたしなめる。

「どの国民の味覚も、地域的風土、気候などの自然条件、歴史的経緯などに根ざした長期にわたる生活習慣の一部を成す食生活から生まれるものだから、そういう条件がことごとく異なる国民が、一方的に他国民が美味しいと思って常食している料理を『まずい』と決めつけるのは、実に傲岸不遜で聞き苦しい」(米原万里『魔女の1ダース―正義と常識に冷や水を浴びせる13章』新潮社 、1999年、p.173)

 

ルポ 消えた子どもたち―虐待・監禁の深層に迫る (NHK出版新書 476)

ルポ 消えた子どもたち―虐待・監禁の深層に迫る (NHK出版新書 476)

 

 

「働きたい意欲は誰よりもあるし、それなりに働けるとも思ってる。でも、親とか、家族構成とかいつも聞かれて。保証人は誰なんだとか。それで、いつも答えられなくなってしまう。私という人間を見てほしいのに、私について回る過去だけを見られてる気がする」(NHKスペシャル「消えた子どもたち」取材班 『ルポ 消えた子どもたち―虐待・監禁の深層に迫る』NHK出版、2015年、p.145)

 

小さな建築

小さな建築

 

 

・けんか 母はけんかに大変強いです。

祖母とやり合っていた時など私は感心してきいておりました。明治の強い女と大正の強い女の闘いでしたが、だいたい母が理屈で勝って終わっていたようです。でも私にはどちらの論理も正しく思えて、ものごとには答がいろいろあるのだなと子ども心に感じて、そのためでしょうか、けんかのできない人間になってしまいました。母は「中途半端にしてはいけない、怒りの純粋性を維持しなくてはだめ」とも言っていました。(富田玲子『小さな建築』みすず書房、2007年、p.151)

 

 

「『やさしさ』や『常識』の問題に過ぎないとみられ、親切心さえあれば誰にでもできるものとみなされる」(Butrym 1976 = 一九八六:ⅳ)装いをもつにもかかわらず、「ソーシャルワークは他に何をしようと、その主たる機能は、現存する、個人の苦しみを生んでいる困難な状況にこたえることである」(Butrym 1976 = 一九八六:二〇五)とソーシャルワークの現象とその担われる役割の大きな乖離を示している。すなわちブトゥリムは「苦しみの軽減という機能」を、ソーシャルワークの「アイデンティティと存立理由」だと考えているのだ。(須藤八千代『〈増補〉母子寮と母子生活支援施設のあいだ―女性と子どもを支援するソーシャルワーク実践―』明石書店、2010年、p.20)

 

二十幾年前、子供を託児所にあづけて私は婦人解放運動に働いて居たころ、時間づとめでない私の帰りはいつも不定であったから、四時の定時に、ほかの子供たちが賑やかな歓声とともに、きょうだいに手を引かれたり、お母さんにおんぶしたり、お父さまの肩車に乗ったりして嬉々として帰ってゆくのに、あのひっそり閑とした侘しい玄関に、私の子供だけがしょんぼりと取り残されていたから、四時すぎてからの私というひとりの女は、愚かにもつねに、耳に子どもの泣声を聞き、心臓も止まるほど駆けて駆けて歩いて居た。あまり急いで託児所の玄関に転がり込んだ私の下駄が、泣き寝入りのままそこに寝ていた吾が子の頭をぶつけて泣かしたこともある。(須藤八千代『〈増補〉母子寮と母子生活支援施設のあいだ―女性と子どもを支援するソーシャルワーク実践―』明石書店、2010年、p.179)

 

私は人に意見するほどの人間でもないのも充分分かっている。正義を振りかざす気もない。本当ならこんな体験も思いもいらないし発言もしたくない。(須藤八千代『〈増補〉母子寮と母子生活支援施設のあいだ―女性と子どもを支援するソーシャルワーク実践―』明石書店、2010年、p.204)

 

 

そういえば、昔、恋人との別れ話の最中に、今までに一度も見たことのない表情を見せられて、激しい恐怖を感じたことがあった。この人の中にこんな顔が隠されていたのか。十年もつきあっていたのに全く気づかなかった、という思い。だが、二人の関係がこうならなかったら、死ぬまで見ることがなかったのかもしれないのだ。それはもう表とか裏とかいうことではないだろう。人間の多面性とその中から特定の顔を引き出す運命の一回性に怖さを覚える。(穂村弘『蚊がいる』KADOKAWA/メディアファクトリー 、2013年、p.197)

 

そうだったのか!現代史〈パート2〉 (集英社文庫)

そうだったのか!現代史〈パート2〉 (集英社文庫)

 

 

多くの運転員が、もはや消滅した原子炉に向かって送水をしようと努力を続けました。これによって、多数の作業員が、さらに大量の放射能を浴びてしまいました。まったくの無駄であり、人命の損耗でした。(池上彰『そうだったのか! 現代史パート2』集英社、2008年、p.339)

 

モロッコ流謫 (ちくま文庫)

モロッコ流謫 (ちくま文庫)

 

 

おそらく彼らは、もしローマの場末か新宿に生を受けていたなら、パゾリーニが四十年ほど前にragazzi di vita「生命ある若者」と呼び、中上健次が長編小説のなかで共感をこめて描いたような、あの孤独で無為な青年たちの眷属であったに違いあるまい。(四方田犬彦『モロッコ流謫』筑摩書房、2014年、p.110)

 

犬身 下 (朝日文庫)

犬身 下 (朝日文庫)

 

 

あんまりピンと来ませんね。今こんなに可愛がってる対象と、いきなり性的なものも含めて相対するなんて。(松浦理英子『犬身 下』朝日新聞出版、2010年、p.221)

 

記憶力を強くする―最新脳科学が語る記憶のしくみと鍛え方 (ブルーバックス)
 

 

私は何も精神に対する物質の根源性を主張する唯物論の絶対的な支持者ではありませんが、それでもなお、生命という不可思議な現象を研究すればするほど、見えてくる答えは、生物とは物理化学の法則に素直にしたがう構造物であるという事実なのです。(池谷裕二『記憶力を強くする-最新脳科学が語る記憶のしくみと鍛え方』講談社、2001年、p.121)