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アニメ『ハイキュー!! 烏野高校 VS 白鳥沢学園高校』 第8話・第9話雑感

毎度ながらお顔の作画がすごくよいよなあ(個人的なお顔の作画の完成度MVPは、大地さんがいなければ烏野の守備はもっと穴だらけなのに、って独白してるところの大平さんのお顔だった)。

第9話のチョーダイって言ってからの若利くんのバックアタックを振り返る天童くんの目の表面張力感もすごくよかったし、ツッキーの囮を受けてハッタリって判断して逆サイドへ移動する天童くんの目の動きもすごかった。

あと第9話の休憩場面、若利くんのあのどこか幼い感じも大きめタオルでグイグイ汗拭ってる天童くんの感じも好き。

天童くんから離れたところだと、第9話のつとむのフライングのところも好きだし、その直後の三連続若利くんのところの作画もすごい。あとノヤさんが連続で拾って上げて旭さんが打って得点の流れほんとに好き。『ユーリ!!! on ICE』もそうだけど、身体の動きがメインになってくる場面の作画がイチバン難しそう。

そして天童くんの得点にパチパチ拍手してる若利くん何度見ても超かわいい…。

以下は声についての部分。

第9話、英太くんのサーブについて「ノータッチエース!」って天童くんが言うときの抑揚がエェー↑スってなってないのがほんとすごくイイネだった…あと「セッターに取らせやがった」「飛びつけ」「悟ったりー!」「行け若利くん」のところもすごく好き。

天童くんの声について、やっぱり私は抑揚のあまりない物言いにイイネしてしまう傾向があるみたい。でも天童くんって喧しさと静かさの振り子運動的なところがあっての子でもあるから今の配分が間違いなく正解なんだよなあ、と毎度ながら思う。

天童くんの声、この第8話・第9話を見てて思ったのは、意図的な抑揚を意図的に削ぎ落としていっている印象があるなあ、ということだった。

天童くん自身にとって抑揚は意図的だからこそ、疲労の蓄積していく試合の終盤に行くに従って本来の平板なもの言いに近づいていく。そしてそうした天童くんの性質を踏まえた上で、最後のさらば俺の楽園の静かさに調整していく、みたいな木村さんの意図を勝手に感じていた。

話は少し変わってしまうけど、先週号のジャンプの白鳥沢のキャストの対談がとても面白かった。特に木村さんの「『天童嫌だな』と思ってもらえたらいいな、引っかき回せたらいいなと思って自由に思いっきりやらせていただきました」という言葉にはとてもハッとさせられてしまった。

たぶんそれは、推しだけどどこか不快、モヤモヤする、っていうのが私にとっての天童くんでもあって、少なくとも私にとってはアニメの天童くんはまさにそういう天童くんでもあったから、なんだろうと思う。

とはいえアニメの天童くんは私が想定してた以上にその「どこか不快、モヤモヤする」という度合いが強くて、だからこそどうも直視できない部分もある(少なくとも毎話3回は見てるけど)。でも一方で、その不快さ、モヤモヤ感は天童くんを演じる上でゼッタイに削っちゃいけない要素だったんだなとも思う。

アニメの動いてしゃべる天童くんは木村さんという実際の男性の声ありきのキャラクターで、それがどうもモヤモヤの主因になってる瞬間がすごく多い。でもそれこそが天童くんというキャラクターが立体的に立ち上がってくる瞬間なのかもしれない。

私は天童くんをすごくかわいいと思っているし天童くんに幸せでいてほしいと思っているけど、かわいいに全部回収されてしまう天童くんは天童くんであって天童くんではないのかもしれない。かわいいに回収される天童くんは私が頭の中で馴致した天童くんであって、かわいいに回収しきれない、ともすると不快さやモヤモヤ感を伴うアニメの天童くんこそがより天童くんなのでは? という結論になるんだろうか。

 

「かわいい」は美しいではない。美とは神聖で近寄りがたく、整然とした印象のもとにある何物かである。「かわいい」は親しみやすく、破綻や欠損を平気で受け入れ、つねに活動的で表情を変えてゆく。それは小さく、未成熟で、どこか懐かしく、そして人を無防備にさせる。「かわいい」には「美しい」と違って、その場の雰囲気に緊張をもたらすことがない。

ある意味で「かわいい」には醜さ、グロテスクと隣り合わせであるところがある。熊のヌイグルミも、E・Tも、7人の小人も、もし目の前に実際に現れたら、気味が悪いだろう。彼らが「かわいい」と呼ばれるのは、映像という隔たりがあってのことなのだ。気持ち悪いがかわいいという意味で「きもかわ」という言葉があることを、わたしの学生たちは教えてくれた。人間はなぜ不気味なものを避けようとして、それから目を離すことができなくなってしまうのだろうか。「かわいい」について突き詰めて考えてゆくと、フロイト精神分析が立てたこの有名な問いの前に呼び出されてしまう。(四方田犬彦『驢馬とスープ』ポプラ社、2007年、p.168)

 

原作の24巻、天童くんの再登場回を読みながら思い出した文章。

24巻読んでいて今更のように思ったけど、天童くんて部分的には理性的で大人だけどまた別の部分ではとても子どもなんだよなあ。

あと烏野10番ハッケーン!!!からの叩き落としたらァァァ見てて、天童くんのかわいさってこの187.7cmとしての自覚のなさにも起因してるのでは…とも思った。

天童くんのかわいさはそういうアンバランスさからきてるのかもしれない。

 

天童くん以外のところだと、「これだけ打ちづらい条件揃っても止まらねえのかよ」の旭さんの言い方も好きだし、たんじくんの「妬ましく忌々しく強烈に憧れる」も本当にすごかった。あと優秀なエースは存在自体が優秀な囮からの「行け太一!」の白布の声すごい好きだし、リエーフの少年ぽさのある声もとてもよかった。

最後になったけど、田中さんの演じる烏養さんがすごく好きだったなあと思った。田中さんの演じる烏養さん、もっと見ていたかった。

 

驢馬とスープ―papers2005‐2007

驢馬とスープ―papers2005‐2007