グランド・フィナーレ

天童くんと『ハイキュー!!』について、個人的な思い入れの覚書です。

ハイキュー!! 20 (ジャンプコミックス)

ハイキュー!! 20 (ジャンプコミックス)

 

天童覚くんは漫画『ハイキュー!!』に登場するキャラクターだ。*1

ハイキュー!!』において、春高出場を賭けた宮城県予選のラスボスとも言えるのが、天童くんのいる白鳥沢学園高校だ。県内一の強豪校、白鳥沢学園高校。主人公である日向・影山のいる烏野高校と、この白鳥沢学園高校の対戦は、コミックスの17巻以降で描かれている。*2

天童くんは、その白鳥沢学園高校バレー部のスターティングメンバーだ。ポジションはMB。リード・ブロック(トスがどこに上がるかを見てから跳ぶブロック)が主流であり、一番の正攻法とされる中、天童くんはゲス・ブロック(トスが上がる前に攻撃を読み、ほぼ直感で跳ぶブロック)を得意とするキャラクターとして描かれている。

エキセントリックで自由な言動、けれど確実に得点を成し遂げていく天童くんは、白鳥沢学園高校のブロックの要だ。天童くんは、チームメイト、そしてなによりも自分自身がものにした得点に歓喜し、対峙する烏野高校のメンバーには容赦ない攻撃と煽りを浴びせる。

5セットに及ぶ双方の削り合い。ギリギリの勝負の末に、烏野高校は白鳥沢学園高校に勝利した。

第189話、春高出場が決まった烏野高校と、予選敗退となった白鳥沢学園高校の明暗が対比されているのが、週刊少年ジャンプの誌面32・33ページの見開きだ。

悲願の春高出場。喜びをわかちあう烏野高校の三年生三人の大コマ。お互いに飛びつき合い、全身で歓喜する烏野高校チームの面々。涙を浮かべる顧問、コーチ、マネージャー。

そして同じ見開きに、天童くんがいる。光と影のくっきりと分かれた横顔は、つくりものめいた骨格が強調され、けれど伝う汗がなまなましく描きこまれている。

天童くんは天を仰ぎ、白鳥沢学園高校でのバレーへ、別れの言葉を口にする。

第189話では、勝利を手にした烏野高校と敗北を迎えた白鳥沢学園高校それぞれの姿が描かれている。その一連の描写の中に、試合を終えた天童くんと、白鳥沢学園高校のエースである牛島若利くん二人のやりとりがある。

若利くんは、全国でも3本の指に入ると言われている実力者としてのスパイカーだ。若利くんは県内トップのエースとして圧倒的な強さを誇り、19歳以下の日本代表である世界ユースに東北で唯一選ばれた存在であると作中では触れられている。

烏野高校との試合を終え、体育館の床に寝転がりながら二人はおのおの身体を伸ばし、ストレッチをしている。試合を振り返り、天童くんは若利くんについて最後ムキになっただろう、と指摘する。いつもであれば立て直すか他に任せるところで、若利くんは自分へトスを上げさせ、自ら烏野のコートへスパイクを叩き込んだ。その行動への指摘だった。対して若利くんは言外にそれを肯定する。自分が日向より強いということを言いたかったと、それゆえの行動だったと語る。その行動を指して、幼稚だろうかと問う若利くんに、天童くんは人の原動力は大概幼稚なものだと返す。

その流れで天童くんは、自分が高校でバレーを止めることにさらりと触れる。そうして、活躍している若利くんをテレビで見ながら自慢をするからちゃんとがんばってね、と言う。

 

ハイキュー!!』において、高校でバレーを止めることを明言するはじめてのキャラクターが、他ならない天童くんだった。

もちろん明言しないだけで、高校でバレーを止めるキャラクターは他にもいるかもしれない。大学まで続けたとしても、そこで止めてしまうキャラクターはもっと多いだろう。言うまでもなく、部活動がそのまま将来に直結することはとても稀なケースだ。それは現実でも、『ハイキュー!!』というフィクションの世界でも同じだ。『ハイキュー!!』にはたくさんの魅力的なキャラクターが登場するが、将来選手として活躍するだろう人物はほんの一握りに過ぎない。

高校でバレーを止めるということ。そのことを、この先もバレーを続けていくだろう数少ないキャラクターの一人である若利くんとの会話の中で天童くんは口にした。

天童くんは優れた選手だ。白鳥沢という強豪校においても、間違いなく大きな存在感を有している。得点し、声援を浴びながら全身で歓喜する天童くんの姿は作中で繰り返し描かれている。天童くんは自分自身の好きなプレーができた時、自ら賛辞し、率直に喜びを表現する。

天童くんにとってバレーをすることは、大きな自己肯定感を与えてくれることだ。天童くんのバレーについての思い入れに焦点が当てられているのが、コミックス20巻収録の第178話だ。

天童くんはMB。そしてそのプレースタイルの特徴として、一番に挙げられるのがゲス・ブロック(トスが上がる前に攻撃を読み、ほぼ直感で跳ぶブロック)だ。これは個人技頼みのプレースタイルであり、リード・ブロック(トスがどこに上がるかを見てから跳ぶブロック)やコミット・ブロック(特定のアタッカーをマークする者を作るブロック)とは、「全部自分で止める」つもりであるという点で種類を異にしている。

そして天童くんのこのプレースタイルは、現代のバレーシステムの中では決して歓迎されるものではない。第178話で中学時代のコーチに天童くんが指摘されている通り、個人技には限界がある。あくまで直感頼みのゲス・ブロックは簡単に悪手になりうる。ゲス・ブロックをする者が一人いることで、チーム全体の動きが阻害されることもままある。

それでも天童くんは、並外れた読みと直感、そしてそれをブロックに繋げるための身体能力を有していた。それゆえに優れた選手であり続けてきた。

その原動力となってきたのが、攻撃を自分自身が「叩き落とす」ことへの執着であり快感だ。第178話では、攻撃を叩き落とした相手の、自分を見上げる表情を眺める小学校時代の天童くんの姿が描かれている。また、成長した天童くんは白鳥沢の鷲匠監督を前に「俺は俺が自分の気持ち良いバレーがやりたい」と口にする。自分自身の力を発揮し、自分自身で相手をねじ伏せるということ。その快感こそが天童くんの原動力だ。

天童くんの姿を見ていて、思い出したことが一つある。それはコミックス10巻に収録されている第89話、なぜそんなに必死にバレーをするのか、という質問に対する梟谷高校の木兎さんの言葉だ。バレーにハマる瞬間について、木兎さんは語る。「目の前の奴ブッ潰すことと自分の力が120%発揮された時の快感が全て」だと。

天童くんにとって、自分の力が120%発揮され、自分自身で目の前の相手をねじ伏せられる一番のやり方が他でもないゲス・ブロックだった。けれどそのプレースタイルは、現代のバレーにおいては淘汰されようとしている種類のものだった。それでも鷲匠監督は、点が獲れるなら何の文句も無い、と天童くんを肯定した。天童くんは白鳥沢という楽園を得た。天童くんにとって白鳥沢は、自分が自分として、自分の一番好きなバレーをすることを肯定される楽園だった。

春高出場が決まった烏野と、予選敗退となった白鳥沢の明暗が対比された第189話。天童くんは天を仰ぎ、「さらば俺の楽園」と口にする。そしてまた、自分がバレーを止めることを明言する。白鳥沢は、結果的には天童くんにとって最後の楽園だった。そのことを一番よく理解していたのは、他でもない天童くんだろう。白鳥沢は烏野に敗れた。けれどもし烏野に勝っていたとしても、白鳥沢でのバレーに終わりは必ず来る。大抵の学生たちと同様、天童くんにとっての高校生活も三年間しかないからだ。そして白鳥沢という楽園を出た先に天童くんの一番好きなバレーのできる場所は、おそらくそう多くはない。

烏野戦において、天童くんのバレーが攻略されていく過程は残酷なまでに描かれていた。天童くんにとって、烏野戦は白鳥沢というチームの敗北というよりもむしろ、個としての自分の敗北だったのかもしれない。コミックス20巻収録の第180話、烏野の同時多発位置差攻撃を受け、天童くんは自分の負けを覚る。個としての自分が圧倒的にねじ伏せられていく瞬間。天童くんはその瞬間すら冷静に見つめる。

才能の先にある未来よりも今手にできる快感を重んじるのが、天童くんというキャラクターだった。自分自身が攻撃を「叩き落とす」こと、ゲス・ブロックという自分の一番得手のやり方で相手をねじ伏せる快感を諦めさえすれば、天童くんがバレーを続けていくための選択肢は格段に増えただろう。しかしそうしなかったのは、それでは天童くんにとって意味がなかったからだ。天童くんが望んだのは、単にバレーを続けることではない。自分が気持ちの良いバレーをすることだ。

第189話で描かれていたのは、白鳥沢という楽園、そして天童くんに大きな自己肯定感を与えてきてくれたバレーそのものとの決別だった。けれどその決別は絶望としては描かれていなかった。第189話、天童くんは自分がバレーを手放すことを明言する。その上で、天童くんは若利くんに言葉を託す。自分が退いていく道をこの先も進んでいくだろう若利くんへ、その才能を認めているということ、活躍を願っているということを、あくまでフラットな言葉に示して、天童くんは手渡す。

才能の体現者として若利くんはバレーを続けていく。バレーという点において、疑いなく若利くんは当事者であり続ける存在だ。当事者であり続ける若利くんと、道を退き、第三者となっていく天童くんの対比が描かれているのが第189話だった。

自身が道を退くことを決めてなお、天童くんは若利くんに関心を向け、才能への祝福めいた言葉を送る。そのまなざしに鬱屈した感情は見えない。べたついた感傷も滲んではいない。描かれているのは、ドライでありながらあくまでポジティブに現実を肯定する天童くんの姿だ。

今、自分が気持ちの良いバレーをすること。それが天童くんの行動原理だった。そして第189話で描かれているのは、この先の未来について、若利くんという他者へバレーを託していく天童くんの姿だった。「今」の「自分」から、「未来」の「他者」へ繋いでいくということ。第189話の天童くんと若利くんのやりとりには、そうした物語も込められているように思う。

 

「高校」が特別である感じがするのは、「部活動」の一区切りが、そこにあるからだと思います。スポーツに限らず、どんなことでもそうだと思いますが、「部活動」としてやってきたことを、高校限りで終える人も沢山いると思います。(「古舘春一 1万2000字インタビュー」『ダ・ヴィンチ』Vol.240(2014年4月号)、p.167、株式会社KADOKAWA

 

引用したのは、2014年4月号の『ダ・ヴィンチ』に掲載された古舘先生のインタビューの中の一文だ。「高校バレー」、男子バレーについての質問の中で、古舘先生は上記のように語る。そしてまた、同じインタビューでの質問に、古舘先生は次のように回答している。

 

Q1 連載開始前、ご自身の中にはどのような「チャレンジ精神」があり、「野心」がありましたか?

古舘 バレーボールはいちばんやりたかった題材なので、なんとか打ち切りにならず、最後まで描きたい、という想いが全部です。自分の中でバレーは特別なので、よりそれが強いところはありますが、たとえ何のマンガを始めたとしても、スタート時の気持ちに差はないと思います。とにかく打ち切り怖い、という(笑)。『ハイキュー!!』の連載が決まった時も、「連載とったどー!」より、「ああいよいよ“終わり”の始まりだ……」という感じでした。自分のネガティブ加減にはいつもびっくりです。ジャンプでバレーを描けるのは、これが最初で最後であり、気を抜けば終わりなのだ、という良い緊張感と、悪い焦りは、今も連載開始時と変わりません。(p.164)

 

Q2 なぜ数あるスポーツの中から、バレーボールを選んだのでしょうか? バレーという競技の魅力を伺いたいです。

古舘 スポーツが描きたかったわけではなく、バレーが描きたかったので始めました。学生時代にバレーボール部で、特に高校の頃は部活をしに学校へ行っていました。その時の未練が残りまくりだったので、マンガという形で、何とかもう一回、「負けたら終わり」のバレーをやりたかったのです。(pp.164-165)*3

 

この一連の言葉には、バレーという競技、そして『ハイキュー!!』という作品への古舘先生の思い入れが強く込められているように思う。古舘先生は中高時代、部活動としてバレーに打ち込んできた。そしてまた、古舘先生は高校でバレーに一度区切りをつけている。けれどもそうして区切りをつけたバレーへの、執着や心残りが漫画『ハイキュー!!』という作品それ自体や、そこに登場するキャラクターたちに繋がっていった。

執着し、自分の時間の多くを費やしてきたことに区切りをつけるということ。それは確かにひとつの決別だ。しかしそれは絶望ばかりではない。何かと決別することは、それ以外の別の可能性が開かれることでもある。古舘先生にとっては、それが漫画を描くこと、『ハイキュー!!』という作品を生み出すことでもあった。

そしてこれは欲目かもしれないが、『ハイキュー!!』のキャラクターの中でも、特に天童くんの物語は古舘先生自身との結びつきが強いようにも感じてしまう。

天童くんが表紙を飾った第20巻。ちょうどこの発売の直前に、『ハイキュー!!』は第61回小学館漫画賞を受賞した。第20巻の帯文には、その受賞についての記載がある。

 

 

漫画好きとしての天童くんの側面に触れているのは、このイラストが初めてのことではない。『ハイキュー!!』のコミックスには登場キャラクターのプロフィールが掲載されているが、そこでの天童くんの「最近の悩み」は「周りの皆がジャンプを読まなくなってきたこと」になっている。言うまでもないことかもしれないが、プロフィールで漫画やジャンプについて触れているのは、今のところ天童くんが唯一だ。

 

詭弁学派、四ツ谷先輩の怪談。 1 (ジャンプコミックス)

詭弁学派、四ツ谷先輩の怪談。 1 (ジャンプコミックス)

 

物語の主人公が作者自身の命を救う『王様キッド』。物語の主人公とその作者が共闘する『アソビバ』。怪談を創ること、語ることをめぐった『詭弁学派、四谷先輩の怪談』。

古舘先生の過去作品には、表現すること、物語を創り出すことについての視点が強く織り込まれている。そうしたいわばメタな視点を描きこんでいく点を、古舘先生の作品の共通点として指摘することができるかもしれない。バレーについて描いた『ハイキュー!!』は、一見その系譜からは外れたところにあるようにも見える。しかし実際のところ、『ハイキュー!!』は間違いなくこれまでの作品に連なる作品だ。そのひとつの象徴、それも古舘先生自身の姿を特に感じさせる存在として描かれていたのが、天童くんというキャラクターのようにも見える。

古舘先生初のジャンプ連載作品、『詭弁学派、四谷先輩の怪談』第16話で、登場人物である四谷先輩は語る。怪談とは“怪”を談ずることであり、自分は“語り手”である。自ら手を下す者は語る側ではなく“語られる側”なのだと。

この言葉は、古舘先生と競技としてのバレーに繋がる部分があるのではないか。『ハイキュー!!』はバレーという競技を描いた作品であり、古舘先生はその“語り手”だ。そしてこの『ハイキュー!!』という作品は、古舘先生自身がバレーに一度区切りをつけたからこそ生まれた。そのことを特に強く感じさせるのが、他でもない第189話の天童くんと若利くんのやり取りでもある。天童くんが“語り手”たる古舘先生自身の姿を特に感じさせる存在だとすれば、若利くんはバレーという競技それ自体、そしてバレーを続けていくあらゆる選手たちの象徴であり、“語られる側”そのものだろう。

バレーという点において、若利くんは当事者であり続ける存在だ。当事者であり続ける若利くんと、道を退き、第三者となっていく天童くんの対比が描かれているのが第189話だった。古舘先生は、高校でバレーに区切りをつけ、『ハイキュー!!』という作品を世に送り出した。『ハイキュー!!』は、古舘先生がバレーという競技の当事者であることを退いたからこそ生まれた作品でもある。けれど一方で、古舘先生は作品を創り出すという点で、紛れもない当事者でもある。

 

Q2 なぜ数あるスポーツの中から、バレーボールを選んだのでしょうか? バレーという競技の魅力を伺いたいです。

古舘 スポーツが描きたかったわけではなく、バレーが描きたかったので始めました。学生時代にバレーボール部で、特に高校の頃は部活をしに学校へ行っていました。その時の未練が残りまくりだったので、マンガという形で、何とかもう一回、「負けたら終わり」のバレーをやりたかったのです。(pp.164-165)

 

先ほども引用したインタビューで回答している通り、古舘先生にとって『ハイキュー!!』という作品を描くことこそ、「負けたら終わり」のバレーをすることでもある。「ジャンプでバレーを描くことができるのは、これが最初で最後」だからだ。

第189話、試合直後の天童くんは天を仰ぎ、「さらば俺の楽園」と口にする。描かれているのは「負けたら終わり」の勝負そのものだ。「負けたら終わり」の勝負をジャンプの誌面で描くということ。そのことこそ古舘先生にとっては「負けたら終わり」の勝負そのものであり、けれど同時に勝利を手にしている瞬間でもある。

 

 

ハイキュー!!』は先日、連載開始から4年を超えた。来月はコミックスの第21巻が発売される。10月にはアニメの3期も予定されており、『ハイキュー!!』は多くの読者を獲得している。

 

俺は怪談が大好きなんだよ 好奇心や好きであること それ以上に人の原動力になるものがあるか?

 

『詭弁学派、四谷先輩の怪談』第15話、怪談にこだわることについて尋ねられた四谷先輩はこう語る。自分の好きなバレーをすることが天童くんにとっての原動力だったように、古舘先生にとっても、漫画という形で、自分の好きなバレーをすることがこの『ハイキュー!!』という作品を描く原動力なのかもしれない。

 

Q1 連載開始前、ご自身の中にはどのような「チャレンジ精神」があり、「野心」がありましたか?

古舘 バレーボールはいちばんやりたかった題材なので、なんとか打ち切りにならず、最後まで描きたい、という想いが全部です。自分の中でバレーは特別なので、よりそれが強いところはありますが、たとえ何のマンガを始めたとしても、スタート時の気持ちに差はないと思います。とにかく打ち切り怖い、という(笑)。『ハイキュー!!』の連載が決まった時も、「連載とったどー!」より、「ああいよいよ“終わり”の始まりだ……」という感じでした。自分のネガティブ加減にはいつもびっくりです。ジャンプでバレーを描けるのは、これが最初で最後であり、気を抜けば終わりなのだ、という良い緊張感と、悪い焦りは、今も連載開始時と変わりません。(p.164)

 

古舘先生の目は、『ハイキュー!!』という作品の終わりも見据えている。「最後まで描きたい」という古舘先生の言葉には、そうした姿勢が滲んでいる。

第189話で提示された天童くんの姿は、古舘先生の過去であり、現在であり、未来の暗示でもあると私は考えている。そして『ハイキュー!!』という作品に、古舘先生自身がこの先どのようなグランド・フィナーレを用意するのか。その答えを見届ける日を、私は今心から楽しみにしている。

 

 

*1:ハイキュー!!』は男子高校生たちを描いたバレー漫画で、言わずとしれたことですがめちゃくちゃ面白い超人気作品です。

*2:現在20巻まで刊行中。既刊分ではまだ決着はついていません。

*3:同様のことを、古舘先生はhttp://vbm.link/5437/のインタビューにおいても語っている。なぜ男子バレーボールを取り上げようとしたのかという問いに、古舘先生は「中学、高校時代にバレーボール部に所属していて、その時の未練がずっと強く残っていたので、バレーボールを描くことは、漫画家を目指すと同時にあった目標でした。高校当時はとにかくバレーが好きで、部活だけやりに学校へ行っていましたが、良い成績を残したわけでもないですし、色々と、フツフツモヤモヤした感情が未だ燻っていたので、漫画という形でもう一度バレーをやりたくて、描き始めました。」と答えている。