一人暮らし後のいろいろ

主に4月以降にあったことの覚書。


・クレカが止まった
家電と家具と生活用品を全てカードで購入してたら止まりました。
限度額が低かったのも原因…。
身の丈にあった生活がしたいだけ、だから別に家電もそんな高いのはいらないし家具とか生活用品はほぼニトリでいいし…と思ってそこそこ節制してたつもりがこの結果だったもので、なんだかショックだった。
家電量販店でカードが止まってすごく嫌な汗をかいた。そしてキャッシュカードがデビットカードになると知ったのもこの時。
そう、あといわゆる白物家電を買うのもこれが初めてで、必要な機能を吟味して決断していかなきゃいけない感じがなんだか大人じゃん…と今更のように思った気がする。
これは家電にとどまらずだけど、あらゆるものごとには規格があって、それを踏まえておかないと後々買い替えになってしまうから気をつけないといけないんだなあ。


・赤ちゃんGが巣を作る
台所になーんか黒い虫がいる…と思ってたけどまさかこれがGだとは…という感じだった。台所の作りつけの戸棚が巣になっていた!
赤ちゃんGを殺して、フンも掃除して、穴っぽいところをコーキングしてみて、対策用のスプレーを撒いて、っていろいろやったけど古い住宅だから完全におさらばするのは難しいのかなー。
アルコールスプレーも自作するようになりました。ハッカ油を入れたらすごく爽やかでいい感じ。あとキンチョーから出てるスプレーを教えてもらって、それがとても効き目がありました。


・天童くんのお誕生日をお祝いした
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ハヤシライスとチョコパフェを食べた!
待ち合わせの前に本屋さんに寄ったらバースデー文庫が置いてあったので、思わず5月20日のものを買ってしまった。
5月20日はバルザックの『谷間の百合』。しかし今も半分も読めていない…(合わなかった)。
前日の金曜日は終業後に先輩と話してたら23時半くらいになってしまって、結局電車の中で日付が変わって天童くんのお誕生日だった。
同じ職場に新卒で入って2年目の子がいて、その子が優秀でバリバリ働いていて、私も頑張らなければな~というこの頃。その子と比べてどこがダメなのか、ということを先輩には聞いてみたんだけど、自分でやっておきながらなかなか凹んだ。
今までも頑張っていなかったわけではなくて、自分のなかではちゃんと考えて仕事をしてきたつもりだったけど、でももっと本腰を入れないとダメだよな~…。特別に頭がいいわけでもなく、人から好かれるわけでもなく、要領がいいわけでもなく、まあそれでもきっと働き続けなくてはいけないし。
そんなことをモヤモヤ考えながら歩いていて、ホントに天童くんって私にとって要所要所で引導を渡してくれるような子だな、と思った。
この部署にくるまでは実家暮らしということもあって私の生活の中心を占めていたのは趣味そのものだったんだけど、4月になって一人暮らしを始めて、残業も多い中でなかなか趣味に打ち込む余裕もなくて、これはもう仕事を自分の主ジャンルにするしかないんだろうか…とも思っていて。私にとって天童くんは自分がいちばん大事にしているものを手放して先に進んでいく子でもあって、よりにもよって天童くんの誕生日にそんなことを実感したというのが勝手に引導を渡された思いだったのかも。
友達にそんなことを話しながら、天童くんという子を好きになって本当によかったな~と思った。まあでも趣味は続けるけどね!


・3年ぶりに高校の友達と会った
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会ったのは天童くんのお誕生日の翌日。リンツカフェでチョコのアイスを食べた。
神楽坂のおいしい中華を食べて(https://tabelog.com/tokyo/A1309/A130905/13156026/)、この3年に何があったとかいろいろお話した。
彼女は今彼氏と一緒に神楽坂に住んでいるんだけど、夜仕事終わりにタクシーで飯田橋にごはんを食べに行って、歩いて部屋に帰ったりするらしい。なんかすごくいいなー。
なぜかお互いの職場を見に行く流れにもなって、不思議な一日だった。来月私の部屋にお招きする予定。


・始めてのサークル参加
あっけなく申し込めてしまった! 思っていたよりずっと簡単だった…そしてとても得難い経験をさせていただいたなあ、と思った。
イベントに参加したときに「出ないんですか?」と聞いてくださった方がいて、なんだかそういう風に気にかけていただけるのが嬉しくもあって、エーイ! とばかりに申し込んでしまった。
時間もあんまり無かったし、印刷所にお願いする方法もよくわかんなかったし、コピ本で…と思ったらそれもよくわかってなくて、印刷の当日に「アレッ? コピ本って4の倍数のページ数にしなきゃいけないのか?!」と気づいて焦ったりもした。
そして今回表紙を描いてくださった上にコピ本作成に際するいろいろを教えてくださった方がいて、本当にご親切に甘えてしまっていました。有り難い上に嬉しくて、こんな神様のような方が…と拝むような気持ちだった(そして後から甘えすぎたことをすごく反省した…)。
その方は本を買う側として個人的にtwitterだったりpixivだったりをフォローしていた方で、こんなことってあるんだなあ、有難いなあ…と思ってイベントが終わった今も噛みしめてしまったりもする。
それにお描きいただいた表紙効果がすごくて、用意してた件のコピ本も全部はけたのが嬉しかった。と、虎の威を借ってしまった…。
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イベント後に千疋屋で食べたチョコバナナパフェ。ハヤシライスも食べたよ!


・感想が嬉しかった
何かを言ってくれるっていうのがすごく嬉しいな~って思ってしまう。嬉しいから全部スクショしてときどき見返してしまってて、ホントにめちゃくちゃ元気が出るなあと。私も匿名を中心にもっと感想を送りたい。


・カレーパーティーをした
cookforyou.jp
このレシピを試しました。
一人暮らしをしてからカレーは一度も作ってなかったんだけど(量が余りすぎてしまうし)、ちゃんと手間をかけるとホントにおいしいな~。
天童くんのお誕生日祝いのとき千疋屋に並びながら持ち上がった企画だったんだけど、とても楽しかった。
友達がこのレシピを試したいんだけど家は甘口派だからなかなか試せないんだよね~…、と言っていて、それならお泊り会でカレーを作ろう! ということで実現。
フードプロセッサーを買ってその威力に驚いたり、みじん切りにして冷凍してた玉ねぎがなかなか溶けなかったり、鍋が若干小さかったり、いろいろあったけどワイワイ言いながら作れて楽しかった。
刀剣乱舞のアニメと刀ステ、ユーリを流しながら作業して、ごはん食べて銭湯に行って、推し本会もして、すごく充実の一泊二日でした。
あとカレーを作った次の日は夜ごはんとして餃子も作った! でもこっちはなかなか焼くのが難しかった…。
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人と食べるごはんはすごくおいしい。

帰省とかいろいろ

3月に実家を出て一人暮らしを始めて、めでたく23区民になりました。

家賃がすごく安い、その割に駅からの距離もまあまあで広さもある、ということでエーイとばかりにこの物件に決めてしまったんだけど、赤ちゃんGが棚に巣を作っていたり、隣の部屋のおじさんのくしゃみがよう聞こえたり、また別の隣の部屋からは深夜2時まで映画の効果音が聞こえたり、でわりと悩ましいこの4ヶ月だった。

(脱毛の時、雑談してて施術してくれたお姉さんに家賃と場所を言ったら「事故物件…?」って聞かれもした)

 

そして4月に部署も異動になって、残業もすごく増えてびっくり。まあこれが社会人としては平均的な生活スタイルなんだろうか…という感じ。平日夜はホントになんもできない。でも通勤時間が短くなったから身体は楽で、とはいえお客さんからの電話を取らなくなったら日中だいたい眠いし、栄養が偏っているからかなかなか疲れが取れない気もして、生活していくって大変だな~…と今更のように噛みしめたりもする。あと私の手料理は雑な味がしてあまりおいしくない。

GWに一度帰っていたんだけど、つい先週4日ほど実家で過ごしてみたらとても快適で、なんで実家出ちゃったかな~、バッカだな~…、とか思いもしたけど、まあ出てしまった以上仕方ないよなあと。

 

「あとどれだけいるかもわからないし。ここを楽しむ方法を必死で考えたんだよ」(星野博美『島へ免許を取りに行く』集英社、2016年、p.162)

 

星野さんの本の中のこの言葉をなんとなく思い出してしまった。こういう姿勢が必要になってくるのってきっとこの先ずっとなんだろうなって気もする。

帰省したのは金曜の夜だったんだけど、母に地元駅まで迎えにきてもらって車に乗り込んで、体調が悪かったので後部座席で荷物を枕にして横になっていた。

母がちょこちょこ近況について聞いてきて、まあ先月は残業がすごく多くて、ってことを話しはじめたらなんかちょっと泣けてきてしまい我ながら「な、情けねえ~…」という感じだった。ホッとしてしまって涙腺が緩んだ模様。

一人暮らしだと家に帰ってしゃべる人もいないし、正直実家でしゃべる相手って母くらいだったから、戻ったらいっぱい聞いてもらいたいことがあったはずなのにタイムラグがあるとかなり忘れてしまっているししゃべりだしても言葉にするのが途中でめんどくさくなってしまいもするもんで、これが一人暮らしの弊害か…? とも思った。どんどん人とうまくしゃべれなくなるやつではないか…。

そうは言いつつたくさん世話を焼いてもらって、つくづく実家っていいな~と思った。

 

・幼馴染の家に繋がる坂がなんか森みたいになってた

驚くほど背が高い樹がワッサーなってて、遠目に見てびっくりした。母に言ったら幼馴染のおばあちゃんが最近元気がないみたいで、枝下ろしを誰かに頼むことをしばらくしてないらしかった。そんな話をしながら幼馴染のおばあちゃんの記憶が二十年近く前の姿で止まってることに気がついた。

 

・実家のトマトがおいしかった

実家は畑があるんだけど、毎日のようにトマトを食べていた気がする。うちのトマトは青臭いんだけど、味がぼやけてない感じがして好き。

トマトと卵の中華炒めにして食べてた。

(鶏がらスープのもとを溶いた卵を焼いて一度フライパンから下ろした後、トマトだけで焼いて最後に卵と炒め合わせるレシピ。トマトを焼くときは油ちょっと多め、塩きつめにするとおいしい)

 

・母の手料理がおいしかった

バラの薄切り肉にししとうだとか、トマトとチーズだとか、大葉だとかをそれぞれ巻いて焼いて食べさせてくれたのがすごくおいしかった。簡単だから今度真似したい。

 

・お風呂上りに母と話したのが癒された

アルビオンの美容液を母にプレゼントとして渡したんだけど、お風呂上りに私も使わせてもらった。あと母が買ってる雪肌精も。私も今使ってるよくわかんない化粧水が無くなったら雪肌精にしようかと思った。お風呂上りにだらだらおしゃべりするのも久しぶりでなんだか懐かしくて癒された。

 

・家の周りが静か

今住んでる部屋は壁が薄いから隣の障子やらサッシやらの音が聞こえる…。

その点実家は夜すごく静か。でも部屋が妹と同じなので、妹の再生するユーチューバーの音声がしんどい。イヤホンをしておくれと言いたいが不仲なので言えない。

 

・服を買いに連れていってもらった

日曜の夜、何の気なしに服を買いに行きたいな~と言っていたら、月曜午後に連れて行ってくれた。母はパートをしているんだけど、午後休を取って。

今思うとわがままっぽいことを言いたかったんだよな~自分…という感じで、あ~なんかすごく甘えてるし甘やかされてるな、と思った。

 

・夕飯を作った

梅とレンコンと大葉の餃子、ゆで卵と大根の煮物、人参とちくわのマヨポン炒めを作った。うーん。やっぱり雑な味がした。でも自分一人が食べるだけじゃないと作るのにも張り合いがある。料理上手になりたい。

 

島へ免許を取りに行く (集英社文庫)

島へ免許を取りに行く (集英社文庫)

 

天童くんと備忘録

 天童くんみを感じた文章の備忘録です。

 

魔女の1ダース―正義と常識に冷や水を浴びせる13章 (新潮文庫)

魔女の1ダース―正義と常識に冷や水を浴びせる13章 (新潮文庫)

 

 

心の中に生じたモヤモヤとした得体の知れない屈託を「悲しい」とか「切ない」とか「餃子が食べたい」という言葉によって言い当てることによって、われわれは自己の感情を突き放して客観視する契機を得る。どんなに複雑怪奇な現象もわれわれは言葉かイメージか数式のような記号によって把握しようとする。われわれ自身の思考も感情も、言葉の助けを借りてより深く、より詳細に展開することができる。しかし、ほかならぬ、この思考にとって欠かせぬ手段である言葉が、逆に思考を停止させたり、ミスリードしたりする危険をはらんだ曲者であることを、肝に銘じておきたいものである。(米原万里『魔女の1ダース―正義と常識に冷や水を浴びせる13章』新潮社 、1999年、pp.80-81)

 

この文章に思い出されるのは、コミックス第20巻収録の第176話「新鮮」での天童くんと若利くんのやりとり。

第176話、天童くんは若利くんが日向を嫌だと思う理由について話す。天童くんは指摘する。若利くんが日向を嫌だと思うのは、「得体が知れないから」なのではないかと。

天童くんは若利くんにとって思考や感情を客観視する契機を与える存在だ。「モヤモヤとした得体の知れない屈託」を生じさせる「複雑怪奇な現象」を若利くんにとっての日向だとすれば、日向への理解の手助けをする天童くんの存在は「言葉」ほかならない。

そして引用の中でも語られている通り、言葉は思考や感情をより深く、より詳細に展開することを助ける存在でもある。

同じ第176話、若利くんは天童の言葉を借りると、と前置きした上で「ノッてきた」と言う。さらに第179話「嫌な男」では、第176話での天童くんの言葉を借りるように日向について「何か嫌だ」と思う若利くんが描かれている。

天童くんは若利くんの思考や感情を展開する言葉を与える存在だ。

あと最後の一文の「曲者」というのもなんだか天童くんっぽいなあ、と思ってしまう。

 

 

 

 私たちは時間の経過とともに成長し、老いていきます。歳を重ねるにつれ、体や頭の動きが衰える一方で、多くの経験を重ねて直観力は鋭くなっていく。おしなべてみれば、人間の一生には全盛期も衰退期もないのです。だからこそ、“今さら”ではなく“今から”。好奇心をもって新しいことに挑戦することが大事です。(佐治晴夫「『今さら』ではなく『今から』。それだけで人生は変わります」、『暮らしのおへそvol.23』、2017年1月30日、pp.45-46

 

原作の天童くんというよりも、この先を歩んでいく天童くんがこうあってほしい、という理想をこの文章に見たのかもしれない。引用した中での「多くの経験を重ねて直観力は鋭くなっていく。おしなべてみれば、人間の一生には全盛期も衰退期もない」というのが個人的なこの文章の中の骨子かなあ。

直観というのが天童くんを連想させたんだろうな~と思ったけど、天童くんのプレースタイルは直観でなくて直感だった(ということに今更気がついた)。

でも直観の意味をインターネットで調べてみたら「推理によらず、直接的・瞬間的に、物事の本質をとらえること」と出てきたから、天童くんといえば天童くんかもしれない。

白鳥沢学園高校はバレーの強豪校で、そんなバレー部のスターティングメンバーとして天童くんはコートに立ってきた。そのための努力はきっと並大抵のものではないはずだし、それくらいに天童くんは自分の好きなバレーをすることに執着してきたのだろうとも思う。

けれど第21巻収録の第189話「宣戦布告・2」で、天童くんは高校でバレーを止めることを明言する。

天童くんの執着してきたプレースタイルは、現代のバレーシステムの中では決して歓迎される類のものではない。しかし、白鳥沢学園においてはそのプレースタイルは肯定された。天童くんにとって白鳥沢学園は、自分の好きなバレーのできる楽園だった。

第189話、白鳥沢学園高校に対する烏野高校の勝利をコートの外から見届けながら、天童くんは「さらば俺の楽園」と口にする。天童くんにとって自分の好きなバレーのできる楽園こそが白鳥沢学園高校であって、その敗北は他でもない楽園の終わりでもある。なぜならば、天童くんは三年生であり、春高出場は白鳥沢学園高校の選手として公式戦に出られる最後の機会だからだ。

自分の好きなバレーをするという点においては、確かに白鳥沢学園高校での三年間は天童くんにとって全盛期であったのかもしれない。けれど私は、白鳥沢学園高校での三年間が天童くんのこの先の人生においての全盛期であって欲しくないともずっと思っている。

バレーを止めたとしても、天童くんのこの先の人生にはたくさんの選択肢がある。きっといくつになっても新しいことはできるし、どんな選択をしたとしても、天童くんが幸せだとか、楽しいだとか思える瞬間はいくらでもあるのだと信じたい。天童くんの人生が、今も昔もこれからも優劣なくかけがえのないものであり続けてほしい。

原作の天童くんは私にとってどうも永遠の18歳というか、年を取っていくイメージもあまり湧かないんだけど、もしもこの先大人になっていくとしたらそうであってほしいな~と思う。

 

 

以上、ここ最近で天童くんみを感じた文章でした。

備忘録2

男子問題の時代?:錯綜するジェンダーと教育のポリティクス

男子問題の時代?:錯綜するジェンダーと教育のポリティクス

 

  

「男性的」と定義される能力は「正当な能力」として公的に認められる傾向が強かったのに対して、女性的と見なされる能力は「正当な能力」の範疇から除外されがちだった。たとえば、近代社会における最も公的かつ基本的な「能力証」は学歴であったが、学歴は男性的特質とされてきた知識や思考といった理性面での能力を保証するものであり、女性に特徴的とみなされてきた「感情を整理する」能力(Hochschild 1983=2000:12)を保証するものではなかった。

また、土木・建築・製造といった第二次産業の拡大をともないながら発展していった近代産業社会は、身体を用いた労働におけるモノづくりや筋力労働といった「男性的能力」のニーズが極めて高い社会でもあった。こうした社会的状況においては、男性は、社会化(socialization)の過程において自らの性に対して期待される能力を伸ばしていけば、それが労働市場における安定した雇用や収入に結びつきやすかった。とくに日本では、1960年代に急速に高まった労働力需要を満たすため、それまで非正規労働者として雇用されるのが通例であったブルーカラー層が正社員として雇用される機会が多くなり(本田2004)、幅広い階層の男性労働者が安定した雇用と収入を確保することができていた。(多賀太『男子問題の時代?―錯綜するジェンダーと教育のポリティクス』学文社 、2016年、p.65)

 

これまで男性に特徴的とされてきた能力の価値が相対的に低下し、代わって女性の特質とされてきた能力の価値が上昇してきた。(中略)

重工業中心の工業社会から情報とサービス中心の消費社会へという社会変動のなかで、労働者に求められる能力に変化がみられるようになった。機械化の進展と製造業の衰退により、これまで主として男性に求められてきた筋力労働やモノづくりに関わる能力の需要は相対的に低下してきた。他方で、家事の市場化やサービス部門の拡大が進み、これまで女性に求められてきたケア能力や対人関係能力の需要が高まってきた。(多賀太『男子問題の時代?―錯綜するジェンダーと教育のポリティクス』学文社 、2016年、p.69)

 

 

 

福祉排外主義とは、比較政治学者であるキッチェルトが提示し、現在では広く受け入れられた概念であるが、福祉・社会保障の充実は支持しつつ、移民を福祉の濫用者として位置づけ、福祉の対象を自国民に限定するとともに、福祉国家にとって負担となる移民の排除を訴える主張である。(水島治郎『ポピュリズムとは何か―民主主義の敵か、改革の希望か』中央公論新社、2016年、p.70)

 

ポピュリズムは、「ディナー・パーティの泥酔客」のような存在だという。

上品なディナー・パーティに現れた、なりふり構わず叫ぶ泥酔客。招くべからざる人物。その場の和やかな雰囲気を見出し、居並ぶ人々が眉をひそめる存在。しかしその客の叫ぶ言葉は、ときとして、出席者が決して口にしない公然の秘密に触れることで、人々を内心どきりとさせる。その客は、ずかずかとタブーに踏み込み、隠されていた欺瞞をあばく存在でもあるのだ。(水島治郎『ポピュリズムとは何か―民主主義の敵か、改革の希望か』中央公論新社、2016年、p.231)

 

 

戸籍って何だ―差別をつくりだすもの (プロブレムQ&A)

戸籍って何だ―差別をつくりだすもの (プロブレムQ&A)

 

 

明治になって始まった日本の近代戸籍は、「庶民の家系図」と呼ばれました。今もそうですが、戸籍は住民登録とは異なり、「家の系譜を辿ることのできる家族の記録」だと考えられています。だとすれば、唐の戸籍は、近代戸籍とは違い「戸」の記録なので、現在の住民登録に近いもの、といわなければなりません。(佐藤文明『戸籍って何だ―差別をつくりだすもの (プロブレムQ&A)』緑風出版、2010年、p.20)

 

戸籍が居住関係の登録であり、国勢調査のような五年ごとの一斉調査(登録)であったなら、日本人居住地における外国人の排除は起きなったかもしれません。(中略)

しかし、明治政府が五年ごとの一斉調査をする力がなく、届出制に舵を切ったことから、届出を促す強制力が必要になりました。そうなって初めて、太政官布告の前文が大きな意味を持つに至ります。すなわち、「戸籍に就かなければ外国人扱いし、日本人として保護しないぞ」という強迫が、戸籍への届出を強制する力になったのです。

この強制力は当初、外国人を差別するというよりも日本人を差別するために機能し、日本人でありながら戸籍のない者や、戸籍が持てない者を「二級国民」、あるいは「非国民」としてさげすむ風潮を作り出します。(中略)

この構造はまた、植民地台湾や朝鮮でも活用されます。日本国籍者とされた台湾や朝鮮の人たちも、戸籍法の適用対象者にはならず、それぞれ別個な台湾戸籍、朝鮮戸籍に編入されたのです。そして婚姻によって女子が夫側の戸籍に編入されることを除き、男子はそれぞれの戸籍(戸籍と国籍の中間に当たる日・台・朝それぞれの民族籍を「民籍」と呼んでいました)を移動することが許されませんでした。

そしてあるときは日本人としての責務を押し付け、またあるときは日本民族ではない「二級民族」としての地位に甘んじさせられたのです。そのため、台湾・朝鮮の内部からも「戸籍の統一」を求める声、すなわち立派な皇民となって、皇軍の兵士として徴兵されることを名誉だとする考えが浮上してきます。

外国人は日本人の中にこうした心理が生み出され、都合のよい支配が実現されるためにも、差別の対象でなければなりませんでした。外国人が日本人並みに保護されてしまっては日本人の中にこうした心理が育つことができないからです。

戸籍は本質的に、外国人を差別すればするほど、安定した支配装置となるのです。人々は差別されることを避けるため、自ら届出を励行し、制度のありがたみに感涙し、戸籍の軍門に下るのです。だから戸籍は外国人を差別しつづけ、平等化することを恐れます。(佐藤文明『戸籍って何だ――差別をつくりだすもの (プロブレムQ&A)』緑風出版、2010年、pp.95-96)

 

女性の権利はこうした個としての地位を確立し、差別をなくすことにあるのであって、妻の座の向上を求めたり、向上した妻の座の片隅に位置を占めることではないのだ、という主張です。それらはまた、働く独身女性のさまざまな不利益を解消する運動とも連動しています。(佐藤文明『戸籍って何だ―差別をつくりだすもの (プロブレムQ&A)』緑風出版、2010年、p.150)

 

諸外国において国籍とは民族とは異なる個人の変更可能な属性で、生活圏における所属成員権であると考えられています。生活圏における権利は地域との絆の表れであり、まずは「市民権」として認識されます。これが国家領域に拡大したものが「nationality(国民権)」です。

したがって、国籍の取得(市民権の取得)とは、生活圏との絆を確立した者の成員権を市政府や国政府が追認するもので、政府が勝手に与えたり奪ったりするものではありません。だから、地域との絆がない渡来者が国籍取得を申請する場合は別として、政府が取得に条件をつけるのは本来、筋違いなのです。(佐藤文明『戸籍って何だ―差別をつくりだすもの (プロブレムQ&A)』緑風出版、2010年、p.184)

 

双子の兄弟になぜ、兄・弟を決めなければならないのでしょうか。

固定的な序列をわざわざこしらえ、人々の暮らしに差別を持ち込むこうした登録は許しがたいものです。民間の慣習に任せるか、無用な区別を廃止するのが筋ではないでしょうか。(佐藤文明『戸籍って何だ―差別をつくりだすもの (プロブレムQ&A)』緑風出版、2010年、pp.199-200)

 

人の連続的な属性について、カテゴリーを発見し、分類するのは学術的研究にとって不可欠な営みです。しかしこれは不鮮明な現実を鮮明にし、問題発見を助けるものであって、現実そのものではありません。(中略)

したがって、この分類を実際の人間に当てはめ、現実の人間よりも「真」であると考えてはなりません。そうした行為は分類の中間域を抑圧し、分類によって与えられた評価によって不当な差別がもたらされるからです。(中略)

したがって、このような分類はむやみに行うべきではなく、必要最低限度にとどめるべきであるとともに、現実の人間に沿った修正が不断に行われる体制がなくてはなりません。(佐藤文明『戸籍って何だ―差別をつくりだすもの (プロブレムQ&A)』緑風出版、2010年、p.201)

 

「だめだ」といわれたら理由を聞き、納得の上で訂正しましょう。ここでも生年月日を西暦で記入することは可能で、訂正を命じるのは不当です。わたしたちが従わなければならないのは法律だけで、通達は役所を拘束するもの。わたしたちが従う必要はありません。また、「元号法」も政府機関に対する法律で、わたしたちを拘束するものではありません。(佐藤文明『戸籍って何だ―差別をつくりだすもの (プロブレムQ&A)』緑風出版、2010年、p.211)

 

 

 

個人的なことは、口外しないこと。アウティングは、「そもそも隠してる方が悪いんだ」みたいな話じゃない、個人と個人の信頼の話だからね。(牧村朝子『ゲイカップルに萌えたら迷惑ですか?』イースト・プレス、2016年、p.80)

 

性分化疾患……卵巣・精巣や性器の発育が非典型的である状態。

  ―日本小児内分泌学会性分化委員会 性分化疾患初期対応の手引き

 

この「性分化疾患」とは、60種類以上の様々な疾患名の総称であり、「性分化疾患群」とでも言うべきものなの。ひとりひとりの身体はみんな違うし、ひとりひとりの自己認識もみんな違います。本人と話もしないまま、「男か女しかない性別欄で苦しんでいるはずだ!」と決めつけることは、自分自身の主張のために他人を道具にするような、失礼なことよ。性分化疾患の一種と診断された人には、自分を男もしくは女と認識している人だって、LGBTの権利運動に利用されることを好まない人だっているんだということを、まずは踏まえておきたいわね。(牧村朝子『ゲイカップルに萌えたら迷惑ですか?』イースト・プレス、2016年、p.84)

 

たとえネット上であっても、ネタにされている人は実在する人間だという感覚を忘れないこと。(牧村朝子『ゲイカップルに萌えたら迷惑ですか?』イースト・プレス、2016年、p.116)

 

 

魔女の1ダース―正義と常識に冷や水を浴びせる13章 (新潮文庫)

魔女の1ダース―正義と常識に冷や水を浴びせる13章 (新潮文庫)

 

 

おおよそ大多数の人々にとって、自己や自民族を中心に世界は回っている。それは必ずしも悪い良いと決めつけられることではなく、生命体の自己保存本能から発する自然の法則のようなものである。だから、「相手に身になって」考える「思いやり」には限界がある。相手自らに語らせて、常にそれに対して心開き耳傾ける姿勢であることのほうが、より確かな気がする。(米原万里『魔女の1ダース―正義と常識に冷や水を浴びせる13章』新潮社 、1999年、p.117)

 

 

嘘つきアーニャの真っ赤な真実 (角川文庫)

嘘つきアーニャの真っ赤な真実 (角川文庫)

 

 

「でも、私にはボスニアムスリムという自覚はまったく欠如しているの。じぶんは、ユーゴスラビア人だと思うことはあってもね。ユーゴスラビアを愛しているというよりも愛着がある。国家としてではなくて、たくさんの友人、知人がいるでしょう。その人たちと一緒に築いている日常があるでしょう。国を捨てようと思うたびに、それを捨てられないと思うの」(米原万里嘘つきアーニャの真っ赤な真実角川学芸出版 、2004年、p.291)

 

 

母の友 2017年2月号 特集「LGBT 自分の性をいきる! 」

母の友 2017年2月号 特集「LGBT 自分の性をいきる! 」

 

 

本来、法律上の結婚は、家族の幸せを守るためにあるもののはず。幸せの権利は、どんな家族にも平等にあり、家族のかたちは、その家族によってそれぞれです。でもいつの間にか人の営みと法律の重要性が逆転してしまって、法律上の結婚ができない人たちはよくない存在、幸せになれなくて当たり前の人たちになってしまっているんですよね。(南和行「ふうふのかたち、家族のかたち」、『母の友 2017年2月号 特集「LGBT 自分の性をいきる! 」』、2016年12月22日、p.30)

 

「同性カップルの結婚を法律で認める」ことへの議論は、単に同性愛者だけの問題ではなく、なぜ、法律上の結婚をした人たちに限って、様々な権利や恩恵が認められるのか、という結婚の本質を探る議論だと思います。

戦後の日本は一時的に人の営みが、均一化され、法律もそれに合わせるように整えられてきましたが、今また、社会が変わってきていて、国境をまたいだ人の移動も盛んになり、働き方も多様になってきて、法律というものが、どうもカバーしきれてないんじゃないかと思います。法律からこぼれる人が多くなってきたならば、人を法律に押し込めるのではなく法律を広げる議論を進めればいいと思うのです。(南和行「ふうふのかたち、家族のかたち」、『母の友 2017年2月号 特集「LGBT 自分の性をいきる! 」』、2016年12月22日、p.31)

 

私たちは別に奇を衒って同性カップルとして人生を送っているのではなく、これまで暮らしてきた連続性の上に今の人生が成り立っています。どんな人でもそれは同じで、背景の事情が人を不幸にするのではなく、今、その瞬間のいろんなことが、人を不幸にしたり、幸せにしたりするわけですよね。だから、自分の価値観だけで、他人の人生を、あの人は幸せで、あの人は不幸せだと判断するのではなくて、人の営みがそこにあるのですから、そこにいる家族が幸せに生きられるように、みんなで工夫しましょうと思うのです。(南和行「ふうふのかたち、家族のかたち」、『母の友 2017年2月号 特集「LGBT 自分の性をいきる! 」』、2016年12月22日、pp.31-31)

天童温泉に行ってきました

 

天童温泉に行ってきた! ということで思い出の備忘録です。

 

1.発端

発端は『ハイキュー!!』の天童覚くんです。

天童くんがいるのは白鳥沢学園高校。そして白鳥沢学園高校の部員名は、山形県内にある温泉地の地名に因んでいます。

天童温泉に行ってみたいな~とこぼしてみたところ、有難くも友達が付き合ってくれることになりました。ヤッター!

 

2.計画

私も友達も車が運転できないので、山形までの交通手段は新幹線か夜行バスということに。

調べてみたら新幹線と宿がセットになったパックでの申し込みが一番お得という結論になりました。ちなみに私が調べた当時だとJTBがすごく充実してたかなー。

申し込んだのは1泊2日、朝夕食付。土曜の朝に東京駅発、日曜の夜に山形駅発のプランです。1人あたりだいたい2万5000円くらい。

ちなみに夜行バス(http://www.jrbustohoku.co.jp/express/detail/?RID=25#01)だと夜24時近くに新宿駅発で朝6時に山形駅に着く感じ。

早売りを利用すれば片道4000円というのは正直魅力的だったけど、体力的にキツそうだったということで新幹線になりました。

 

せっかくなのでもう一つくらい温泉に行こう、ということで、山形駅からバスの出ている蔵王温泉にも行くことに。

そして車が使えないがゆえに公共交通機関を下調べしてたら、みるみる分刻みのスケジュールが組み上がっていきました。こ、こんなはずでは…(でも楽しかった)。

とはいえ実際電車の本数とバスの運行状況は調べておいてすごく役立ったなあ。1泊2日という短い旅行だったので、移動時間にロスが出ると勿体ない感じだったし。

(電車は時間帯にもよるけど20分に1本くらい。ちなみに天童市の市営バスは日曜日と祝日は運行していないみたいです)

 

3.旅行1日目

7時12分東京駅発の新幹線(つばさ)に乗ると、天童駅まではだいたい3時間。

福島県あたりからだんたん雪景色めいてきてきた気がする。土曜の午前中ということもあって、屋根に厚く積もった分を雪下ろししている様子も新幹線から見えたり。

天童くんもご実家では雪下ろしだったり雪かきだったりに駆り出されたりするのかな~とか考えていました。もこもこに着膨れて、雪かき用の大きいスコップにもたれかかってる姿を想像したらとてもかわいかった。天童くんカワイイ。

新幹線の中では、計画していた推し本会 in 山形の話をしていた気がする。推し本会 in 山形とは、個人的ベストスリーの同人誌をそれぞれ持ち寄って、宿でお互いにプレゼン(その推し本がいかにすばらしいかを熱弁する)する計画です。相手がどんな本を選んでくるかお互いにぼんやり予想を立ててもいたので、新幹線ではそのあたりのことを話していました。私も彼女も所有している同人誌を貸し借りしているということもあって、予想はそこそこに当たっていたような。私は『ハイキュー!!』から2冊、刀剣乱舞から1冊。友達は刀剣乱舞から2冊、『名探偵コナン』から1冊。私が選んだ刀剣乱舞の本はその友達に以前借りて、すごく好きだったので自分でも購入したもの(あと友達が選んだ刀剣乱舞の本のうちの1冊も借りた後に自分でも購入してた。本当にすごくすばらしい本)。

本当は宿でお互いに選んだ本を発表する予定だったけど、これはいい予定外だったなー。元気な午前中に具体的な推し本トークができてよかったです。

推し本から相手の好みの傾向っぽいものが見えるような気もして、そこを尋ねて確かめてみると思いもがけず話が広がったり、自分との共通点や違いを発見するきっかけになったりもするよなー。推し本会とてもよい文化。

そうこうしているうちに、天童駅に到着したのが10時18分。

 

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ちなみに駅には待合室もあって、ガスストーブが設置されていました。良い…。

 

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駅から出ると快晴。

 

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溶け残った雪が結構あったかなー。

凍った路面に気をつけながら、駅から歩くことだいたい5分。

フルッティア(https://tabelog.com/yamagata/A0605/A060501/6003948/というお店に行きました。

 

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私はいちごシェイク、友達は洋梨シェイク。おいしかった~。

時間に余裕があったらパフェを頼んでみたかった*1

 

カウンターでシェイクを飲んだ後、また歩いて天童駅へ。

当初は市営バスに乗る予定だったけど、間に合わなかったのでタクシーに。

天童荘ガーデンハウスまで1000円くらい(を、二人で折半)。ちなみに市営バスだったら200円。「篠田病院前」というバス停で降りることになる感じ。

天童荘ガーデンハウス前に到着したのはだいたい11時ぐらい。そこから徒歩2分くらいの足湯に行きました。

 

天の湯(http://bussan-tendo.gr.jp/db/?d=2804

 

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無料です。温まる~。

冬場はヒートテックレギンス+靴下だと足湯を楽しむのが格段に楽になります。私はタイツで行ってしまったんだけど、友達がその装備でした。あ、頭良い…!

良い天気だし、足湯は気持ちいいし、このままだらだら喋りながら2時間とか居たい感じだったけど、お昼の予約をしておいたので移動。

 

天童荘ガーデンカフェに戻ります。

 

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向かいには天童荘(http://www.tendoso.jp/home.htmlという旅館があります。ガーデンカフェは旅館直営のカフェ。

天童荘にも泊まってみたかったんだけど、JRツアーで組んでみると1泊2日で5万円を超える感じだったので断念。いつか泊まってみたいな~。

当初はここでお昼を食べるはずではなかったんだけど、旅行直前に予定変更して立ち寄ることに。

というのも、1月のランチメニューを見てしまったからです。

 

天童荘折々ブログ(http://tendoso.jp/weblog/2017/01/2_2.html

 

白鳥沢学園高校の主将、牛島若利くんの好きな食べ物はハヤシライス。

そして原作で描かれている通り、天童くんと若利くんはとても仲良しです。

し、白鳥沢だ?! と勝手に興奮してしまったため、旅行に組み込むことにしました。お付き合いいただいた友達には本当に感謝です。

 

ランチコースのサラダ。彩りがきれい。

 

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あおさのりのスープ。滋味に富んだお味。滲みる~。

 

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ハヤシライス。コクがあるのにあっさりしていておいしかった。

 

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デザートの盛り合わせ。キャラメルのアイスクリームが好みでした。

 

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そしてこれも念願。チョコレートパフェ!

 

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天童くんの好きな食べ物はチョコのアイス。

下調べで2011年の時点ではチョコレートパフェを取り扱っていたことが確認できていて、今でもあるようなら絶対頼もうと思っていたのですごく嬉しかった。

お腹がいっぱいで私は注文できなかったけど、山形県の鋳物(鉄瓶)で出してくれる珈琲も気になった。あとショーケースの中のケーキもおいしそうだったな~。

天童荘ガーデンカフェ(https://tabelog.com/yamagata/A0605/A060501/6000136/、よき場所でした。

 

お昼の後、歩いて宿まで。

事前にお電話して、先に荷物を置かせていただくことにしていました。

「ほほえみの空湯舟つるや」(山形県天童温泉 ほほえみの空湯舟つるや《公式HP》というお宿。

 

門の写真。

 

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鶴のマーク。かわいい。

 

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ちなみに今回の旅行に同行してくれた友達は刀剣乱舞の鶴丸国永推し。

私は天童温泉、友達はつるや。推しの折衷です。楽しい。

大きい荷物をお預けしてから市営バスに乗って天童駅まで戻るつもりだったのですが、宿の方が送迎車で送ってくださることに…!(有難い)

お言葉に甘えて天童駅まで送っていただきました。

 

天童駅に戻り、バスが来るまで駅周辺を探索。

駅併設の天童駅ターミナルビル パルテ」(http://www.pref.yamagata.jp/rakuraku/detail_tendo_010.html内をふらふらしてみました。

 

学習支援室(学習支援室 | 天童市市民プラザ)。

 

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天童市わらべ館(http://www.h3.dion.ne.jp/~warabeka/)。

 

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天童市子育て未来館のポスター(http://www.shisetsu.jp/city.tendou/genkids/)。

 

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天童市という名前もあって、子育て支援に力を入れているのかもしれないなーと思った。すごく良い施設だ~。

天童駅ターミナルビル パルテ」には物産コーナーもあって、ここも見てて楽しかった。天童市内にある個人店(多分)のお菓子とかたくさん取り扱いがあって、お土産選びに良いかも。

あとは「天の童」(出羽桜酒造(株) 出羽桜 大吟醸 天の童720ml)なる大吟醸がちょっと気になったんだけど、私自身がお酒をあまり飲めないので購入には至らず。

駅併設の施設として、他には将棋資料館と将棋交流室がありました。

将棋交流室、子どもたちが対局している姿から外から見えていいな~と思った。将棋の素養があれば資料館も楽しそう。

 

14時6分「天童バスターミナル」発、寒河江方面行きのバスに乗ります。

 

 ・市営バスHP

    山形県天童市/交通アクセス

 

バスの車体自体はかなり古めだった。興奮。

いざ乗り込むと、お腹も膨れて陽光もぽかぽかでバスに揺られながらウトウトしてました。快適だった…。

バスに乗って20分、「ゆぴあ」で降ります。

 

天童最上温泉 ゆぴあ(http://yupia.com/yupia/

 

なんとびっくり、300円で温泉に入れます。

とても良いところ! やや熱めだけど、露天だと比較的長く浸かっていられるかなあ。

 ちなみに当初は、

 (1)天童駅からゆぴあに直行(市営バス)

 (2)施設内でお昼

 (3)ゆぴあから宿へ移動(市営バス)

 (4)宿にチェックインし荷物を置く

 (5)天童荘ガーデンハウスでお茶+足湯

 の予定でした。

 このルートだと交通費が安く済みはするんだけど(天童駅→ゆぴあ→宿の移動に市営バスが使えるので)、(5)のお茶と足湯にあまり時間を割けない気もする。だから実際の動線で正解だったかも。

 

温泉から出た後、飲むヨーグルトを購入。

飲むヨーグルトと天童くん。

 

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飲むヨーグルト、濃厚でおいしかったです。

ゆぴあから天童駅までの市営バスは終わってしまったので、電話でタクシーを呼びました。

天童駅までは、タクシーだとだいたい2000円くらい(を、二人で折半)。車が運転できない場合は、市営バスを利用するのが一番お得かも。

天童駅からは送迎の車で宿まで(荷物をお預けしたときに頼んでおいた)。

 

宿に着くと、ロビーでお茶とお菓子を出してくれました。有り難くいただいた後、お部屋に向かいます。

中庭があって、回廊に沿うようにお部屋が配置されています。

 

将棋盤、廊下にて。

 

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廊下には休憩スペースもたくさんあって、昼間に中庭を見ながらお喋りするのもよさそう。セルフサービスで珈琲も飲める。

 

お部屋は和モダンの趣き。洗面所もとても綺麗。お部屋にもお風呂がついていて、温泉が楽しめます。

ベッドもふかふかです。

 

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お部屋に折り紙が置いてあったので、友達と一緒に鶴を折りました。数年ぶりだったのもあって途中から折り方がわからなくなった…。

友達に助けていただきながら、何とか一羽完成。天童くんの髪の色に合わせて赤い折り紙を使いました。

 

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お夕飯は二階の「千羽鶴」という食事処に移動。

 

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お夕飯の献立。

珍しい感じの料理の数々に「驚きじゃない…?」「いい驚き」「鶴丸み」などと会話をしながらのお夕飯でした。おいしかった~。

お部屋に戻って、ちょっと休憩した後にお風呂に行きました。

そして嬉しいことに、先客の方がお一人お帰りになってからはずっと貸し切り状態でした。

ゆぴあよりも若干ぬるめ。長く入っていられます。内湯と露天あり。ちなみに内湯は檜風呂です。

のんびり入っていたら若干のぼせたので、一度脱衣所に戻ってタオルを巻いて座りながら友達とおしゃべりをしました。

加齢に伴う変化だったり、経験を積み重ねていく中での体調についての発見だったり。おしゃべりの内容、総括すると「健康について」になるかも。ほんとずっと若くはいられないもんだよなあ。友達とは子どもの頃からお互いに知っているので*2、話しながらなおさらそう思った。

いい感じに身体も冷えたので、最後にもう一度露天へ。繰り返すようだけど、本当に良いお風呂だった~。

ウォーターサーバーの冷たいお水を飲んでからお部屋に戻りました。

化粧水と乳液をはたいて髪を乾かして、さあいざ推し本会 in 山形! の予定だったのですが、残念ながら私も友達もとても眠かった。

どちらからともなく推し本会は後日にしようという話になり、就寝の運びとなりました。ふかふかのベッド。温かいふとん。充実の1日。

 

4.旅行2日目

朝はだいたい7時くらいに起床。身支度を済ませて、7時半頃には朝食へ。場所は夕食と同じ「千羽鶴」。

バイキング形式の朝食、好きなものを少しずつ食べられるのでとても楽しい。おいしかった~。玉こんにゃくに辛子をきかせすぎて涙目になったり、だしと明太子を両方取ってきたらごはんが足りなくて予定外に2膳目を食べることになったりしました。食べ過ぎた。

荷物をまとめて、8時半過ぎくらいにチェックアウト。宿の送迎車で駅まで送っていただきました。

9時4分に天童駅発の電車に乗り(JR山形線)、山形駅へ。中高生がたくさん乗ってたなー。天童南駅近くに大きいイオンモールがあった。駅から徒歩圏内にイオンがあるって珍しい気がする、と友達と言っていたんだけど、今調べたら請願駅というものらしい。自治体とか近隣住民の要望で後からできた駅*3

このイオンモール天童市子育て未来館があるみたい。天童駅に貼ってあったポスターの場所。

天童駅から山形駅まではだいたい20分。

駅に下りて、ロッカーに大きい荷物を預けます。私は知らなかったけど、今ICカードで管理できるロッカーがあるんだね…。

山形駅西口から歩いて、霞城公園まで向かいます。

途中でかすみだんごや(https://tabelog.com/yamagata/A0601/A060101/6006206/というおだんごやさんに立ち寄りました。私はみそ大福、友達は草大福をお買い上げ。お腹がいっぱいだったので、後で食べることに。

 

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霞城公園、南門のお堀。凍っています。雪を丸めて投げたら氷の上を滑っていった。

南門からさらに歩いて、旧済生館本館(https://www.city.yamagata-yamagata.lg.jp/kankokyaku/sub3/bunkazai/97270yamagatasikyoudokan.htmlへ。

 

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明治11年9月に竣工した擬洋風の病院建築物で、国の重要文化財にも指定されているそうです。

前に『旅行が楽しくなる 日本遺産巡礼 東日本30選』を読んで存在を知って、天童旅行と組み合わせられたらな~と思っていた場所。念願叶った!

建築の素養は無いけど、珍しい建物を見るのは楽しい。建物は山形市郷土館としても使われています。

本当は旧済生館本館を見た後は山形駅近くでお昼の予定だったんだけど、朝ごはんをたくさん食べたこともあってもう少し遅くてもいいよね? という結論に。

ならば早めに蔵王に移動して、予定には無かったけど樹氷を見よう! ということになりました。

ということで、駅隣接のビルの無料展望台に寄り道しつつ(これも予定外*4)、山形駅東口のバスターミナルへ。

山形駅から蔵王温泉までのバスが出ています(http://www.yamakobus.co.jp/kousoku/yamagata-zao.html)。この時期の休日は観光客がたくさんいるので臨時便もあるみたい。

バスターミナルの窓口にて、バスの往復チケット(山形駅前⇔蔵王温泉バスターミナル)と、樹氷を見に行くためのロープウェーとのセットチケットを購入。

バスの往復チケット(2000円)+ロープウェーの往復チケット(2600円)=4600円が、500円引きの4100円で買えます。

山形駅から蔵王温泉まではだいたいバスで40分。

蔵王温泉に着いたら、ロープウェーの出発駅である蔵王山麓駅まで歩きます。

温泉地だということもあって、施設から排水される温泉水から硫黄の香りが。店先で玉こんにゃくを売っているお店もとても多い。よく晴れていることもあって、東北ということで覚悟していたよりも体感としては暖かい。

スノースポーツ目当てで来ているスキーウェア姿の観光客と、温泉と樹氷目当てで来ている普段着姿の観光客が入り混じっている感じ。でもどちらかというとスキーウェア姿の人たちの方が多いかも。

ロープウェーは蔵王山麓駅⇔樹氷高原駅⇔地蔵山頂駅の3駅。

蔵王山麓駅⇔樹氷高原駅間は15分に1本間隔で運行しています。

人が多かったので、私たちは乗るまでに1本見送りました。

樹氷が見られるのは樹氷高原駅⇔地蔵山頂駅間です。

 

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樹氷高原駅⇔地蔵山頂駅間の模様。今年は、というか、行ったタイミングがちょうど暖かかったというのもあって、やや枝が見えてしまっているかな~という感じ。

でもいかにも冬! って感じの光景で楽しい。

 

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地蔵山頂駅で降りたところ。ちなみに行った日の山頂の気温はマイナス11度。

ロープウェーから降りてすぐの段階では「あれ? 覚悟してたよりかは寒くない??」と思ったものの、この写真を撮っている頃にはもはや阿鼻叫喚。吹きつける風があまりにも寒い。寒いぞ!

寒さにテンションがおかしくなりながら、山頂付近をカメラに収めた後、地蔵山頂駅屋上の展望台へ。

 

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展望台は吹きさらしです。とても寒い。しかし絶景。

 

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展望台にて天童くん。ユニフォームだけじゃ寒いよね…ごめんね…。

 

身体が芯まで冷え切ったので、お昼には温かいものを食べよう、そして早く温泉に浸かろう、ということで下山。ロープウェーに乗り込みます。ぎゅうぎゅうの上りと違って、下りのロープウェーは貸し切り状態。

麓を出発してからちょうど1時間くらいでまた戻ってきました。

 

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お昼は煮込みハンバーグ。満腹。ぷうたろう(https://tabelog.com/yamagata/A0601/A060101/6000152/というお店。

行けなかったけど音茶屋(https://tabelog.com/yamagata/A0601/A060101/6004356/というお店も気になりました。焼きカレーが食べられるみたいです。

お昼の後、歩いて温泉へ。

 

山形蔵王温泉「湯の花茶屋 新左衛門の湯」(http://zaospa.co.jp/

 

入館料は700円。そしてプラス300円でバスタオルも借りられます(入館料+800円払って、バスタオルを返却すると500円返ってくる)。

山形駅のロッカーに大きい荷物は預けてしまっていたので、私も友達もバスタオルを借りることにしました。

施設自体が新しくてきれい! 温泉もぬるめで、個人的には一番ちょうどいい温度だったかも。ちなみに全国でも2番目に酸の強い温泉だそうです。

露天風呂のかめ風呂がすごく好きだったな~。源泉100%をひとり占めできるタイプのお風呂。

 

温泉から出た後、午前中に購入しておいた大福をいただきました。柔らかくて、甘さもちょうどよくておいしかった~。私が購入したみそ大福は、みそを練りこんだおもちに、白あんと胡桃が包んである感じ。甘じょっぱくておいしかった。また食べたい。

友達が買った草大福もおいしかったみたい。大福を食べながらつぶあんとこしあん、きのこの山たけのこの里の話になった記憶が。私はこしあん派でたけのこの里派、友達はつぶあん派できのこの山派。ちなみにみそ大福はこしあん、草大福はつぶあんでした。

施設内でチョコレートのソフトクリームも売っていたんだけど、大福を食べて満足してしまったので購入には至らず。

しばらく休憩してからバスタオルを返却。その後はお土産処で職場に持っていくためのお菓子を買いました。買ったのは厚切りのりんごのドライフルーツ。

 

蔵王温泉バスターミナルまで歩いて(途中で玉こんにゃくを買い食い。おいしかった)、山形駅行きのバスに乗ったのが16時20分頃。山形駅には17時過ぎに到着。

帰りの新幹線は19時18分山形駅発。新幹線に乗る前に早めの夜ごはんを食べてお土産を選ぶために、「山形まるごと館 紅の蔵」(http://www.beninokura.com/まで。

駅からはだいたい徒歩12分くらい。でも、駅から100円のコミュニティバスも出てるみたい。

そば処「紅山水」(https://tabelog.com/yamagata/A0601/A060101/6005112/というお店と、Cafe&Dining「990」(https://tabelog.com/yamagata/A0601/A060101/6005836/というお店が入っています。どちらかのお店で夜ごはんを食べた後にお土産を買えたらな~と思っていました。

しかしいざ到着してみたら、なんと紅の蔵自体が臨時休業…。

ということで、近くの月カフェ(https://www.facebook.com/tsukicoffee.tsukicafe/photos/pcb.753038638177410/753038454844095/?type=3&theaterというお店に滑り込みました。

外観がとてもお洒落で、お店の近くを通り過ぎながら「三日月宗近(刀剣乱舞)みを感じるね」「時間に余裕があったらお茶とかしたかった」と言っていたところだったのでフラグを回収できた感あります。

 

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お昼が遅くてあまりお腹も減っていなかったので夜ごはんは軽く。豚肉と根菜のマリネのサンドイッチ。

食べ終えるとほぼ閉店時間だったので、駅まで歩いて戻りました。

駅構内と駅ビル「エスパル」の地下でお土産を買うことができます。

私と友達は駅構内のお土産店舗で購入。私は職場に配る用のお菓子、家には干し柿さくらんぼジュース(100%)を買い足しました。

天童市の名産はさくらんぼと将棋の駒。購入したさくらんぼジュースは、オーチャードタケダという天童市の会社の商品です。

新幹線の時間まで、エスパルを探索したり待合室でぼんやりしたり。

新幹線に乗り込んでから東京までの時間は、友達に会社での人間関係の相談に乗っていただきました。3時間ほんとにあっという間だった~。

 

 5.まとめ

念願の山形旅行、すんごい充実してたしとても楽しかった~!

特に天童温泉、本当に良いところでした。

天童温泉にはあと2つ足湯があるので*5、余裕があればそっちにも行ってみたかったかな~。

あとやっぱり車が出せた方が便利は便利。

でも下調べをしておけば電車やバスも活用できるからほぼストレス無く移動できる。ただ、やっぱり本数が限られてるからなかなか行き当たりばったりは厳しいかも。

冬でなければ山寺を観光したり、果物狩りをしたりするのも楽しそうです。

とにかくとても楽しい1泊2日でした。山形旅行、めちゃくちゃおすすめです。

 

 

旅行が楽しくなる 日本遺産巡礼 東日本30選

旅行が楽しくなる 日本遺産巡礼 東日本30選

 

*1:フルッティアのメニュー(http://fruttier.com/fruitbar/)参照

*2:私と友達は小学校1年生からの付き合いで、小・中と同じ学校。高校と大学は別だったんだけど、社会人になって私が遅咲きでオタク趣味に目覚めて以降、よく二人で遊ぶようになった感じ。オタク趣味が縁で仲良くなれたと言っても過言ではありません。ありがとう弱虫ペダル

*3:天童南駅(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%AA%E3%83%B3%E3%83%A2%E3%83%BC%E3%83%AB%E5%A4%A9%E7%AB%A5

*4:霞城セントラル(http://kajocentral.com/)というビルの24階が展望台です。

*5:童の湯(http://bussan-tendo.gr.jp/db/?d=2803)と駒の湯(http://bussan-tendo.gr.jp/db/?d=2805

映画『天国はまだ遠い』について

 

www.youtube.com

ハッピーアワー劇場公開1周年記念特集上映「ハッピー・ハマグチ・アワー」これまでとこれからの濱口竜介

 

もう二年も前になるのだけど、アップリンクまで平野勝之監督やバクシーシ山下監督の昔のAV作品をよく観に行っていた時期があって、『天国はまだ遠い』を観終わったあと、思い出されてきたのがそうした作品群だったことがなんだか自分でも不思議だった。

一連の作品の中でも一番印象に残っているのが平野監督の作品で(タイトルと詳しい内容は忘れてしまった)、撮影当時懇ろな関係だった相手にカメラを向けたものだった。上映後に登壇した平野監督が「まーいけ好かない女でね」みたいに語っていたけれど、画面から平野監督の悪意が滲み出るような、そんな撮り方だったのが二年経った今でも印象に残っている。*1

正直胸糞悪い気持ちを覚えながら、けれど悪意という目に見えないものが映り込むその瞬間にはどこか面白さも感じてしまっていたんだと思う。とはいえそういう「何か」を捉えるために被写体(特に女の人)を貶める感じがどうも苦手になってしまって、その後関連の上映会にはパッタリ行かなくなってしまった。

このことを思い出していたのは、『天国はまだ遠い』の主人公(雄三)がAVのモザイク付けを仕事にしている、という設定のせいもあったんだと思う。そしてまた作中の、カメラそして雄三の身体を通じて亡くなった姉(三月)という目に見えない存在を捉えようとする妹(五月)の姿と、人間の身体を被写体とする映像ジャンルの代表格とも言えるAVという形態で、特に悪意という目に見えない存在を捉えていた平野監督のその作品にどこか重なる部分を見出していたのかもしれない。

 

エモーションというものを追求しない限り、僕には映画を作る意味というのはないんです。そうきちんと思えるようになったのは最近のことですけど。なので、答えになるかはわからないんですけれど、エモーションというのは当然見えないんだけれど、見えるもの、聞こえるものを通じて感知されるものだと思うんです。

 

演者を通じてエモーションは現れる。そのためには映っている演者の身体をその次元に至らせないといけない。どうやったら常にそれが起こるかというのは未だにわからないです。それでも、演者の身体から生まれてくるようなエモーションを直に捉えたいということはずっと考えています。

 

引用したのは、前作である『ハッピーアワー』に関連して濱口監督がインタビュー*2で語った内容だ。エモーションという目には見えないものを、演者の身体という目に見えるものを通じてカメラに収めるということ。その図式は、『天国はまだ遠い』において象徴的に描きこまれている通りだ。亡くなった三月という目には見えない存在へ、五月は雄三へとカメラを向けることで迫ろうとする。そしてその流れで、幽霊となっている三月は雄三の身体を借りることで五月と対話を果たす。一連の流れによって引き出された登場人物たちの怒りや悲しみ、喜びは、五月のカメラ、そして『天国はまだ遠い』という作品そのものに記録された。

幽霊、そしてエモーションという目には見えないもの。幽霊となった三月は、目には見えないという点において、濱口監督が捉えようとしてきた「エモーション」の象徴として作中で機能している。そして脚本の上でも、幽霊となった三月の存在そのものが、登場人物たちの「エモーション」を引き出すきっかけともなっている。

また、作中で雄三が仕事としているのは、映ってはいけないとされる身体の一部にヴェールをかける作業だ。本来であれば服の内に隠れて見えない身体を暴くというのがAVのひとつの性質だとすれば、モザイクはそうして暴かれた身体にあえて暴くための余地を付与し、見えないものを想像させる性質を持つと言ってもよいのかもしれない。

見えないものをいかに捉えるか。そうした姿勢を、いかにフィクションのなかに落とし込んでいくか。私が『天国はまだ遠い』に感じていたのは、濱口監督のそのような実験だったように思う。

『天国はまだ遠い』の背景にあったのは、間違いなく東北記録映画三部作や『ハッピーアワー』をはじめとした過去の作品だ。そして見えないものをいかに捉えるか、という問題とほぼ同等に取り扱われていたのは、相手を尊重し関係を取り結んでいくことの難しさという問題でもあったように思う。特に雄三と五月の会話には、フィクションでありながらもどこかぎょっとするほどにリアルな、怒りや不信の感情が通っているようにも感じられた。

とはいえ、『天国はまだ遠い』の底に流れているのは軽やかさであり、あっけらかんとした陽気さだったようにも思う。音楽に合わせて部屋で踊る場面、そして雨のなかを並んで帰る場面の雄三と三月の姿に、私は特にそうした性質を強く感じていた。

 

濱口竜介特集上映、時間の都合がつかなくてあまり行けなかったのが若干心残り。

また都内の別の映画館で特集上映をやってくれたらよいな~。

*1:餃子を食べながらカウンターで飲んでる場面があるんだけど、そのときの平野監督の受け答えといい、食べながら喋る相手の口の中が見えて汚く見えるのをあえて編集しないで残す感じといいそこはかとない悪意を感じてうわあ…と思った記憶がある。

*2:『ハッピーアワー』濱口竜介インタビュー「エモーションを記録する」http://www.nobodymag.com/interview/happyhour/index.php

映画『人生フルーツ』について

 

年末年始のお休みの間に『人生フルーツ』を観に行ってきたんだけど、ほんとにすごくすばらしかった。

www.youtube.com

映画『人生フルーツ』公式サイト

 

あとから私が「あのまま実行されていたら、たくさんの人は住めなかったけど、いい桃源郷になったでしょうねえ」と言うと、「そりゃそうだけど、このプロジェクトには大勢の人が関わるからね、一人の意見を通すなんてできないよ」って。

青木さんという上司が、「いつも一の矢、二の矢、三の矢を持っていて、一がダメなら二を、二がダメだったら三の矢を放て」という人で、お父さんもそれに共感して、常に次を考えていました。いつでも動けるよう、目の前のことはそのときに片づけてしまう。行動が素早いのはそのせいですかね。(『ふたりからひとり』つばた英子・つばたしゅういち、自然食通信社、2016年、p.47)

 

思いついたことをすぐやると、頭の運動にもなるからいいのよ。歳をとったら、もっともっと動かないとだめ。どんどん、後退していくばかりだものね。(『ふたりからひとり』つばた英子・つばたしゅういち、自然食通信社、2016年、p.96)

 

いつも新しいことを考えて、それを思っていると、できるかもしれない。

そういうことをやることが大事なのね。いままでは宝くじが当たったら建てようと言っていたけど、当たらないわね。買っても当たるわけではないけど、でも、なにもやらないのは、もっとだめよね。(『ふたりからひとり』つばた英子・つばたしゅういち、自然食通信社、2016年、p.163)

 

最近の私はだれかの暮らしを描いた作品に涙腺を刺激されてしまう傾向があって、『人生フルーツ』を観ながらその理由にぼんやりと腑に落ちた思いだった。

頭のどこかでの実感として、ゆめがおわってくらしがはじまるというか、そうやって自分を納得させていこうとしている私がいるようで、だからこそ誰かの暮らしのなかにこの先を歩んでいくためのひとつの指針だったり、自分自身が諦めて折り合いをつけていかなければいけない現実だったりを見出して涙もろくなってしまうのかもしれない。それが『人生フルーツ』を観て勝手に腑に落ちた自分についての発見だった。

ただ『人生フルーツ』において描かれていたのは、終わってしまった夢のその先という諦めを前提とした暮らしというよりもむしろ、日々のなかで実践していく、地に足のついた理想としての暮らしという印象の方がずっと強かった気がする。『人生フルーツ』のなかで描かれている暮らしは、津端夫妻がふたりで実現したひとつの理想、追い求め続ける夢そのものだった。

 

私は女学校二年まで母の料理を食べていたでしょ。体が弱かったから、外のものは食べられなかったの。結婚当初、お父さんはお肉屋さんのコロッケが好きで「母さん、あの店のコロッケ、おいしいから買ってきて」と言うから買いにいったけど、そのうち私のつくるものばかり食べて、外のものをだんだん好まなくなっていった。だけど崎陽軒のシューマイと、うなぎだけは別、ずうっと食べていました。

「好きなものは思い出がいっぱい詰まっているから、思い出をいっぱい食べているようなものだね」と、ある日、こそっと言ったの。(『ふたりからひとり』つばた英子・つばたしゅういち、自然食通信社、2016年、p.72)

 

この前、夏目漱石を特集したテレビを見ていたら、東京はあまりうまいものがない。京都のほうがいいって言っていたけど、でも最終的には“東京のめざし”、あれが一番おいしいって。それは、小さいときの思い出を食べているからなんだろうって。あー、そういうこともあるんだなって思ったの。同じものばかりくり返し食べても、ぜんぜん飽きないのはそういうことかって。(『ふたりからひとり』つばた英子・つばたしゅういち、自然食通信社、2016年、p.73)

 

映画を観終わったあと、パンフレットと津端夫妻の著書を一冊購入しました。すごくよい買い物だった~。

購入した著書はいちばん最近に出た一冊。

上に引用した好きな食べものについての文章になるほどなあ、と思わされてしまった。

というのも、『人生フルーツ』で登場する手作りのお菓子があまりにもおいしそうで(ケーキの焼き型とオーブンを使ってつくる焼きプリン、ホットケーキを重ねてクリームとたっぷりの苺を飾るデコレーションケーキ等)、観に行った翌日思わず林檎ケーキを焼くなどしてしまったんだけど、いざ食べてみると昔の方がずっと甘いものが好きだったな~としみじみ感じてしまう部分もあって。

昔の方がずっと甘いものが好きだったから、今甘いものおいしそうだな~って思うのはその頃おいしいと感じてた気持ちを思い出してのことでもあるんだろうと思う。だからこそ実際に食べると「はて…?」となってしまったりするのかもなあと。

そんなことをモヤモヤ考えていたところに引用した文章を読んだもので、なんだか変に繋がったような気がして面白かった。

 

https://cookpad.com/recipe/298353

簡単でおいしかった~。

パウンドケーキ型でやるよりもマフィン型とかで焼いた方が私は好きかも。

 

ふたりからひとり ~ときをためる暮らし それから~

ふたりからひとり ~ときをためる暮らし それから~

  • 作者: つばた英子,つばたしゅういち,水野恵美子,落合由利子
  • 出版社/メーカー: 自然食通信社
  • 発売日: 2016/11/26
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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